小説

『つまらないものですが』泉谷幸子(『わらしべ長者』)

「それが今では、全然来やしないのよ。あれだけ面倒みてやったのに」
「はあ」
「あ、あなたにこれあげる」
と言って、ごそごそカバンを探してビスコの入った袋を差し出した。小さい袋に二つ入ったやつだ。カバンの中に長く入っていたのか、少しぼろっとしている。
「ありがとうございます」
 とりあえず受け取る。そして、もうかなりよろよろになってしまった四葉のクローバーを老女の手に渡す。
「あなたに幸福が訪れますように」
「まあ」
 どこか宗教じみた言い方をしてしまったが、老女は素直に喜んだようだ。きりがいいので、加奈は席を立った。
「では、また」
「ありがとうございます」
 老女が丁寧に頭を下げたので、軽くお辞儀して退散する。
 加奈はカバンにビスコを入れて、あてもなく歩き出した。歩くとそよそよと風が当たり、心なしか気持ちがいい。しかし、太陽はぎんぎん音がするほどそこらじゅうを照らし尽くし、アスファルトからはむうっと熱気が上がってくる。加奈は小さくため息をついた。約束まではまだ4,5時間ある。有休なんてとるんじゃなかったかも。でも、こんな気分ではとても仕事ができるとは思えなかった。ヒロシを吹っ切るためには、最低一日は必要だ。あんな奴でも。
 

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