「いえ、雨宿りです。やみそうにないですね」
「だんだん激しくなってますね」
「ええ・・・」
「もしよかったら、これでも使われます?」
と言って、ビニール傘を見せた。骨の部分が二本も変な形に曲がっている。おそらくさっき女の子が放った拍子に壊れてしまったのだろう。
「でも、ご不便じゃないですか」
「いえ、私の傘で一緒に歩きます。私のはけっこう大きいですから。ね?」
と女の子に言うと、女の子はひしと母親にしがみついてうなずいた。
「こんなに壊れていて失礼ですけど」
「いえ、ではいただきます。買おうかと思っていたところなので、助かります。」
加奈は心からありがたく傘をもらった。この母親だけでなく、今日会ったいろいろな人の小さな気づかいが嬉しかった。お礼を言ってコンビニを後にし、雨が傘にぽろぽろ当たって落ちる音を心地よく感じていた。世の中には礼儀を知らない馬鹿な奴もいるけど、そんなことのない人もいる。あたしは、こういう人たちとかかわって生きていくのよ。あんな奴なんか、こっちからお断り。せいせいするわ。
しばらく歩いて、映画館に着いた。時間を確認すると5時半、待ち合わせまで30分ほどある。が、ふとこちらを遠慮がちに眺めている人がいることに気付く。中肉中背、濃紺のスーツに青のネクタイ、普通の髪型に普通の顔立ちの30くらいの男性。目があうと、遠慮がちにこちらに寄ってき、
「失礼ですが、浜田加奈さんですか?」と聞いてきた。