小説

『家族』NOBUOTTO(『牡丹灯籠』)

「文ちゃんから貰った御札の効用はどうだね。」
「はい、効いているようです。あれから望ちゃんの声も聞こえないし、あの場所に行っても店をみることはありません。」
「そうかそれは良かったな。あいつもそれなりの修行を積んできたというわけだな。しかし、お兄さんあんまり嬉しそうじゃないなあ。なに、ほら、いつもここの窓から見てるだろう。最近、お兄さんが毎日工事現場に来てるの見ててね。」
 草薙は工事現場を窓から眺めながら言った。
「住職のおかげで、望ちゃんの声も聞こえなくなりましたし、ここに来てもあの工事現場しか見えません。ただ、何か大切な時間、大切な場所がなくなった気がして仕方ないのです。あのまま通っていたら死んでいたかもしれないので住職には感謝しています。ただ…」
 そして少し躊躇しがちに草薙は言った。
「気のせいかもしれませんが、なぜか御札をもらった時からあの二人に会いたい気持ちが強くなっていくような気がします。そのせいか体調も悪くなっているような気もします。」
「まあ、普通じゃない体験したわけだしな。お兄さんのご家族も心配してるだろう。お兄さんご家族は。」
「父と母がいます。」
「じゃあ、お兄さんは一人息子かい。」
 草薙は亡くなった姉について佐野に話した。自分の家族のことを人に話したことは無かったが、佐野には聞いてもらいたい気がした。
「姉がいたころは家は賑やかでした。姉が亡くなって、私と両親だけになってから家はすっかり静かになってしまいました。ほら、私はこんな性格ですし。」
 草薙が寂しそうに笑った。
「そう言えば、真紀さんは私の姉に似ているかもしれません。」
 佐野も工事現場を見ながら言った。
「こんなこと言ったら住職に怒られるだろうが、もう一回だけあってみるかい。相手は幽霊だけど、なんというか、最後にお別れの言葉とか言えば、お兄さんも気持ちがふっきれて元気になれるかもしれないよ。」
「そうですね。会えるのであれば、もう一度だけ、最後に会ってみたいですね。」
「じゃあ、その御札は俺が預かっておくよ。それでどうなるか俺もわからんが、もしまた会えてお別れが言えたら取りにおいでなさい。」
 草薙は佐野に御札を渡した。
 

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