小説

『家族』NOBUOTTO(『牡丹灯籠』)

 佐野は自分の事を話し始めた。土地開発が進み駅近くの繁華街がこの近辺まで広がり、そのためこの土地の人はどんどん引っ越していった。この土地で建具屋をしていたが、客もいなくなり商売もままならなくなったので、代々続いた店を自分の代で終わりにしたそうである。
 気さくというか馴れ馴れしいというか、人づきあいが嫌いな草薙には苦手なタイプであった。
「妻には先立たれ、息子夫婦はここは子供の教育に悪いって出ていっちゃった。俺はこの土地から離れる気はないから、家を売っぱらった金でこの部屋を買って一人暮らしさ。そうしたらさ、真紀ちゃんが娘を連れて帰ってきてそこに店だしたんだよね。」
 「あ、悪い悪い。俺のことじゃなくで、お兄さんのこと聞きたくて来てもらったんだ。お兄さんはどうしてあの工事現場に入っていくのかい。よかったら教えてくれないかい。」
「別に工事現場をわざわざ通っていたのではなく、実は…」
 草薙はこれまでのことを佐野に話した。
 草薙の話を聞いた佐野は「なるほど、なるほど、真紀ちゃんと、望ちゃんに会っていたのかあ。いやそれは羨ましい。いやあ本当に羨ましい。」と嬉しそうに言う。
「いやね、真紀ちゃんが店だしてから。ほら俺は一人暮らしだし、毎日通ってたんだよ。そしたら去年の秋頃に火事になってな。店出してほんの数ヶ月だよ。折角帰ってきたというのに真紀ちゃんも望ちゃんも火事にやられて。どんだけ無念だったかと思うとよお。」
 佐野は涙声になっていく。
「私はね、真紀ちゃんが生まれた時から知っててね、明るくていい子でねえ。ただねえ、どうしても家族とうまくいかなくて結局碌でもない男とどこかにいっちまった。それから10年ぶりに望ちゃんをつれて帰ってきたわけさ。昔と変わったといっても、ここは古くからの人が多くてねえ。家の恥と言ってご両親は真紀ちゃんと縁を切ったんだけど、折角帰ってきたからと、開店資金だけはだしてあげたわけだ。」
 

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