小説

『家族』NOBUOTTO(『牡丹灯籠』)

 佐野に連れられて草薙は真紀と望の墓に行った。
 繁華街から少し離れたこんなところにお寺があることを草薙は初めて知った。
「江戸時代には外様大名の屋敷がここらにたくさんあったんだよ。このお寺には、その外様大名の縁者が、地元に葬ってもらえなかった縁者の墓が多いんだよ。お国の墓に入れなかった可哀想な人が沢山眠っている場所ってことだよな。この寺も200年以上続いている名家だよ。だからよお、真紀ちゃんも許してもらえなかったんだよなあ。」
 佐野がまた涙声になっている。
 墓地の隅に他の墓より一回り小さい真新しい墓があり、そこに真紀と望の名が彫られていた。
「本当に死んでいたのか。」
 墓を見ながら草薙はつぶやいた。
 それから真紀の兄であるという住職の文英に二人は会いに行った。
 佐野と草薙の話を聞いて文英は言った。
「うちの真紀がなぜあなたを選んだのかはわかりませんが、確かにあなたは祟られているようです。あんたの顔には死相がでています。」
「死相ですか。」
「はい、急いで除霊しないと、あなたも体を壊して死ぬことになります。」
「文ちゃんさあ、真紀ちゃんと望みちゃんがそんな悪さをするわけないだろう。この兄さんを気にいって会いたいだけなんじゃないかい。」
「佐野さん。生身の人間が霊に会うだけで問題なのです。直ぐにお祓いをしないと。」
 文英は草薙にお祓いをした。そして草薙に一枚の御札を渡した。
「この御札を肌身離さず持っていて下さい。これで真紀の霊も望の霊も近づくことはできないはずです。いつまでということはわかりませんが、数ヶ月くらいで霊も離れることでしょう。」

 お祓いと御札のおかげであろう。それからは望の「お兄ちゃん、明日も来てね。」が聞こえてくることはなかった。
 そして以前と同じ生活がまた始まった。望の声は聞こえなくなったが、夕方に出てくる体の震えは以前よりひどくなっている気がしていた。店に寄るという日課がなくなり、会社から家に戻っては部屋に閉じこもる生活に草薙は戻った。
 二度と近づいてはいけないと知りつつも草薙はどうしても気持ちが抑えられなくなっていた。
 草薙は明るいうちなら大丈夫であろうと昼時にお店に行ってみた。
 そこはやはり工事現場であった。基礎工事が始まっていた。
 もう会うことはなさそうである。それから会社の行き帰りには店があった工事現場の前に佇むのが草薙の日課となった。夕方に行っても「家庭料理 里」が現れることはなかった。
 会社帰り、いつものように工事現場の前で佇んでいると佐野がやってきた。
「兄さん、ちょっとうちで一杯やっていかないかい。」
 佐野に誘われるまま部屋に行った。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12