小説

『家族』NOBUOTTO(『牡丹灯籠』)

「君は本当に期待の新人だったのに。この部署に配属になった理由をよく考えるんだな。」
  入社時の花形の部署から主流から外れた部署に今は転属されていた。上司に怒られ、嫌味を言われても草薙は自分が何をしていいのかわからなかった。上司や同僚とどう話しをすればいいのかもわからなかった。学生時代は勉強をしていればよかったが、会社に入ったとたんに、それまでの草薙の生き方とは全く違う生き方が求められるようになった。
 草薙はどうしていいかわからなかった。
 最初は辛いと思っていたが、最近はその感情も湧かなくなってきた。しかし、ストレスは溜まっているに違いない。退社時間に近くなると手が小刻みに震え胸の奥がチクチク痛みだしてくる。 そんな時に望の「お兄ちゃん、明日も来てね。」が聞こえてくるのであった。

「真紀さんは、ずっとここでお店をやっているのですか。」
「いいえ、去年からよ。去年の、うーんいつからだったかな。」
「夏になる事から。だって望、2月期から転校したんだもん。」
「じゃあ、真紀さんは生まれはここじゃないのですね。」
「そうねえ。生まれも育ちもここだけど、ここから巣立って少し無理して遠くまで飛んでいって疲れて帰ってきたってとこかな。」
 いつものように明るく澄んだ声ではあるが真紀の顔は曇っていた。
「さあさあ、私の事より、もっと草薙さんの話しを聞かせてくれないですか。エリートサラリーマンなんてカッコいいわあ。ねえ、望」
「かっこいい。かっこいい。けどエリートサラリーマンって何?」
 草薙は笑った。この店に通うようになってから笑うことが多くなった。多くなったというより、この数年心から笑った記憶がなく、この数日でこれまでの数年分を笑ったような気がしていた。
 

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