「望ちゃんというのか。」草薙は思った。
カウンターの中の女性は歳の頃は30過ぎであろうか。いやこの少女の母であるなら40は過ぎているのかもしれない。髪を束ねて白いシャツを着ていた。料理屋の女将というより、近所のスーパーで買い物をしている奥さんという自然な雰囲気であった。そして娘と同じように今の季節に合わない薄着である。
「いえ、どこかで食事でもと思っていたので、ちょうど良かったです。」
「はい、お兄ちゃんの席はここね。」
草薙をカウンターの真ん中の席に座らせ、その横に望みが座った。
「お母さん、私もご飯。」
「だめよ、お客さんの邪魔になるから家に上がりなさい。」
「いやよ。一人じゃ寂しいもの。お兄ちゃんいいよね。いいよね。」
望は草薙の腕に抱きついて甘えた声で言ってくる。
「私も一人で食べるのも寂しいですし。望ちゃんって言うんだね。お兄さんと一緒に食べようか。」
「やった。お兄ちゃん、やっぱり私の直感大当たり、絶対に優しい人だと思ってたんだ。」
草薙は思わず微笑んでしまった。
「全くこの子ったら。お客さん済みません。それじゃ、望、静かにしてるのよ。」
「お飲みものは何にしますか。」
「お酒は苦手なので、烏龍茶を下さい。それから…」
店を見渡したがメニューがない。メニューもなければ草薙以外に客もいなそうである。
「済みません、メニューはないのでしょうか?それから誰もいないようですが、今日はお休みだったのでは。」
「いえいえ。うちはあまり一見さんの客はいらっしゃらなくて。その日に仕入れた材料でお客さんの好みに合わせて料理をお出しするんですよ。みなさんが来るのは、仕事が終わってから。もっと遅くなってからで、今時分はこうやって母娘で食事しながらお客さんが来るのを待ってるんです。」
望は草薙と女将の間に身を乗り出して言った。