小説

『親心プログラム』飾里(『祖母のために』宮本百合子)

 メンテナンスを終えた祖母二号と叔父が帰宅して夕食になった。祖母の得意なカレーで、以前よりも凝ったつくりになっていた。白ワインを入れたりハーブを入れたり、祖母は味を追求するようになったのだ。だが、僕は昔祖母が作ったくれた素朴な味を思い出していた。夕食が済むと、僕は叔父と二人で話をした。祖母は台所で後片付けをしている。
 僕は何気ない口調で言ったが、気持ちは決まっていた。
「ソウヤ君の言う通り、プログラムの命令構成割合がこの三か月で急激に変化していたよ」
「構成割合の変化……」
「すみれさんの構成プログラムは人間全般に対する忠誠・防衛を優先する基本プログラムと親心プログラムにある。周囲の状況に応じてこの二つの優先度と強さを最適化していくよう設定していたんだが、基本プログラムの優先度がかなり高くなっていてね、つまり周囲の人間に対する配慮の割合が何よりも高くなっていたんだよ。それがすみれさんの脳データにフィードバックされて、人格全体が変わりつつある。君もすみれさんが以前と違って穏やかになっているのを感じているだろ。むろん、君がそれを望んだとも言えるんだけどね」
「ええ」
「いってみればすみれさんは周囲に適応しているだけなんだ。保護者としてどうあるべきか学習し、変化を繰り返している」
「保護者としてどうあるべきか。そうですね」
 僕は叔父の言葉を静かに繰り返した。
「たしかにばあちゃんは僕がたったひとりの孫なのに、いつも反対ばかりして口は悪いし、最後まで義体化せずに僕にも叔父さんにも心配ばかりかけた頑固な人でした。でもその理由がわかりました」
 僕は叔父に祖母の日記を手渡した。叔父は読み終え眉間のしわをもんだ。
「やっぱりあれをやるのかい?」
僕は無言でうなづいた。そこに祖母二号が紅茶をいれてやってきた。以前の祖母ならお茶を持ってくるはずだった。そう。たしかにもうこいつは祖母ではない。
 僕は祖母そっくりのロボットに言った。
「お前は誰なんだ」
 一瞬祖母二号はきょとんとした顔をしたが、その音声の意味を理解すると唐突に自然な動作をやめて、金縛りにあったかのように停止した。
「ソウヤくん、すみれさんの意志で二つ目のバックアップデータはないんだぞ。ほんとうにいいのか」
 叔父の問いには答えずに、僕は立ち上がると祖母二号に向かって言った。
「お前は誰なんだ」
 

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