小説

『親心プログラム』飾里(『祖母のために』宮本百合子)

 その日の学校は滞りなく済んだ。祖母の事故を知っている友人には適当にごまかした。いまどきほとんどの人間が義体を選んでいるのだから、めったに死ぬことはない。このめったに死なないことが、祖母が人間の分際を超えた所業だと言って嫌悪していたものだ。だが、どうだ。祖母自身が全身強打の上肉体は昇天してしまったというのに脳データだけで「蘇った」ではないか。
「それもこれも君のためだったんだよ」
「一言相談してくれてもよかったのに」
 その日の夕方叔父の病院で僕はふてくされたように答えた。
「すみれさんらしいじゃないか。どちらにしても君は高等教育の基礎が終わったばかりだし、成人にはあと一年ある。それに百年前より成人の年齢が五年、大学卒業年齢が七年下がったとしても君が十四歳の少年であることに変わりはない」
「何が言いたいんですか」
「当分君には保護者が必要だってことだよ。すみれさんもそれはずっと気にしていた。正直ほっとしたろ? すみれさんの朝食をまた食べられて」
「たしかに今朝のしょっぱい味噌汁はそっくりでした」
「そっくりというか、そのものなんだよ。あのAIはすみれさんの脳機能の記憶と性格を基礎データとして、二つの主要なプログラムを搭載してある。一つは人間全体に忠誠をつくし防衛するという基本プログラム、もうひとつは君の保護者であるという」
「親心プログラム」
「そうそう。この二つのプログラムが瞬時に状況を判断してふさわしい対応をとる。まさに人間に最も近い学習機能を搭載して、君と一緒に成長していく」
「それって、生きてるってことですか?」
「学習とは変化の別名だ。それを生きているというなら、生きていると僕は思う」
「あのばあちゃんはいつまでいるんですか?」
「いつまででも。君が望むならね」
「僕が望むなら……じゃあ、僕が望まなくなったら?」
 僕の問いに叔父は向き直った。
「話というのはそのことなんだ」
 

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