小説

『親心プログラム』飾里(『祖母のために』宮本百合子)

「2070年九月七日。私愛沢すみれは脳をデータチップ化することを決めた。老い先短いため、未成年の孫を残して不測の事態が生じた場合のみバックアップデータを義体に移植することを許可する。ソウヤ、あんたがこれを見ている頃には私はこの世にいない。だが、あんたの後見人・保護者として成人の日を見届けるまでは責任を果たしてやろう。実務は私の再現データ版がやってくれる。そいつに心底同情申し上げる。ソウヤ、はやく一人前になってか弱い祖母を安心して冥府に送ってやれよ。これ以上長生きするのはほんとにごめんだよ。以上」
 そこで映像が唐突に消えた。
「以上って言われても」
 僕は目の前の再現データ版祖母二号をうさんくさげに見た。
「以上は以上だよ。まさか今の説明で理解できなかったなんていうんじゃないだろうね」
「つまりばあちゃんはAIなんだろう?」
「よくできた最新のAIって言ってもらいたいね。環境適応能力はこれまでにない水準で、バックアップデータ人格を元に忠実に再現し、なおかつ親心プログラムもシュミレーションを繰り返してお前の保護者として完璧になっている」
「誰の受けう売りだよ。それに親心プログラムってなんだよ」
「親心は親心だろうが。朝からごちゃごちゃ言ってるひまがあったら、とっとと学校に行きな。今日から進路試験別の講義があるんだろ」
 僕ははっとして、テーブルを立った。そうだった。部屋にもどり鞄をとると靴をはいて玄関に出た。
「夕食までには帰ってくるんだよ」
 祖母二号は僕にむかって手を振った。そのリアルなこと。忠実に再現しやがって。僕は不覚にも涙ぐみそうになった。頭ではわかっていた。あいつは祖母じゃない。祖母のAIだ。だけど、僕の体が全身で安堵していた。そのとき右手に内蔵してある映話フォンが鳴った。叔父からだった。
「ソウヤ君、おはよう。お気づきかと思うが」
「お気づきですよ、あのロボットはどうせ叔父さんの差し金なんでしょう」
「うむ。半分ご明察。今夜来れるかい」
 

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