小説

『親心プログラム』飾里(『祖母のために』宮本百合子)

 目を開けると、そこには祖母が立っていた。白髪に真っ白な割烹着。眉間に皺をよせて枕を持っている。僕は一瞬混乱した。
「ばあちゃん、昨日死ななかった?」
 僕の問いに祖母はにやりとした。
「どうやら肉親の死に際して気がふれたなんてことはないようだね。見たところ、私のコートにくるまって寝ていたようだけど。しかも泣きはらした目」
 僕は指を指されはっとした。みるみる顔が赤くなる。いや、そんなのはどうでもいい! 
「いや、あんた死んだだろう! 車に吹っ飛ばされたよな! すると、なにか? あれは影武者だったのか!」
「影武者ぁ? そんな手間と暇のかかることするかい。下らねえこと言ってないで、とっとと朝飯を食えよ」
 祖母はそういうと蠅でも払うように言った。
「いやいや待て。やっぱりあんた死んだよな?」
 僕の問いに祖母がゆっくりと振りむいた。
「ああ、死んだよ」

 本当は朝飯どころではなく、まして学校どころではないのだが、月曜日ということもあり、僕は惰性でその日の朝食を食べはじめた。
「で、いったいどういうことよ?」
焼き鮭を切り分けながら僕は聞いた。祖母はテーブルの上においてある小さなサイコロに指を置いた。とたんに目の前に3Dの映像が映し出される。
「詳しくはこれが説明してくれるがよりタイトにするとだ、私愛沢すみれは脳内の記憶思考回路のデータバックアップをとっていたのさ」
「でーたばっくあぷう?」
「そのバックアップをこの全身義体に移動させてそのデータを元に人口知能が私を再現しているというわけだ」
 僕は箸の手が止まった。ううむ、明瞭簡潔ではあるが、にわかには信じがたい。なるほど脳の機能は近年目覚ましく研究開発されている。人間の脳のデータ化、そしてその移動が可能になれば、ある意味人間は不死の存在になるともいえる。肉体が徹底的に滅びても、脳内のデータさえあれば、それを再現することで人間は永遠に生きられる。
つまりだ、目の前の祖母は本物の祖母一号からデータを再現し稼働しているAIということだ。祖母二号はある意味祖母でもあるということか。というか、見た目から性格からどう観ても祖母なのだが。だが、そのような技術を祖母が容認するとは思えない。僕が逡巡していると3Dの映像がはじまった。
 祖母が登場した。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11