小説

『親心プログラム』飾里(『祖母のために』宮本百合子)

 僕と祖母二号の生活がはじまった。僕は卒業試験のために毎日のように部屋にこもり勉強し、飽きると祖母のコタツに深夜でも乱入した。場所を変えるとまた集中できるのだ。
祖母2号は「お前はほんとに年寄に優しくない子供だね」と言いながらお茶を入れてくれる。祖母は昔からいかなる環境でも深い睡眠に入れるという特技を持っており、だからこそ僕は祖母の部屋で煌々と深夜に電気をつけて勉強するという嫌がらせもやってのけたのだが、祖母2号はロボットで気を遣う必要はなかった。だが、ベッドから起きだして左足をかばうようによたよた歩く姿は年老いた祖母そのものだ。三か月を過ぎたころ、僕は祖母の左足の損傷設定を解除しようか真剣に考えた。
「すみれさんを再現するためのものだったからね、外すことはできるよ」
 叔父は問題ないというようにうなずいた。
「どうも見ていると痛々しくて。僕はばあちゃんの代わりに買い物や医者の薬をもらいに出てます。バカみたいですよ。ロボットだって頭ではわかってるのに目の前にいるのはどう見ても祖母ですからね」
 叔父はほほ笑んだ。
「君も前よりもずっと孫らしくなったね」
「孫らしい?」
「うん、すみれさんに優しくなったよ、二人はうまくいってるんだね」
 うまくいっているといえばいきすぎているくらいだった。祖母は僕に対する進路に反対していたことを反省し、自分の老いや限界というものを考え始めていた。一度死んだということがよほど身に染みたのか以前の祖母とは別人のように穏やかになり、僕の話を認めるようになった。一方僕にも変化があった。
 祖母が自分の価値観を反省したように、僕ももっと年老いた祖母を大事にしようという気になっていた。進んで夕食の手伝いをし、買物にでた。祖母二号も僕に感謝した。僕の中でこの祖母なら僕を二度と一人きりにはしないだろうという安心が大きくなっていき、そのせいかいまいち勉強に身が入らなくなった。以前は祖母の猛反対をくらっていたせいで、なんとしてでもこの道に進んでやるという反発が僕の人生の原動力だった。しかし自分にとって大事な勉強だと思えば思うほど、身が入らなくなり、机についている時間だけがやたら長くなっていった。
「ソウヤ」
 名前を呼ばれて顔をあげると祖母二号が僕を揺すっていた。
 寝ぼけ眼で見上げると祖母は穏やかに笑った。
「今夜はもう寝なさい。体を壊さないようにしないとね」
 時計を見ると午前三時。またはかどらなかった。僕はとぼとぼと祖母の部屋をあとにした。
「おやすみソウヤ」
 優しい祖母の声が背後で聞こえた。 
 

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