そのとき、突然轟音とともにフロントガラスに何かが張り付いた。
思わず急ブレーキを踏んだ遠山が見たものは、血まみれの高橋の顔だった。
「おま……なん……?」
と、言葉を詰まらせる遠山の顔を、フロントガラスの向こうの高橋は血で染まった真っ赤な目で見つめたまま、
「先輩。ひどいじゃないですか。いきなり殴るなんて。それも石で」
「お前、死んだはずじゃ……」
なんとか搾り出した遠山の言葉に、高橋は薄ら笑いを浮かべて応える。
「ああ、なんか、幸運だったみたいですね、僕。生き返ったみたいです。これも、それのおかげですかね」
そう言って、高橋の視線は助手席に置かれた柄杓へと注がれる。
遠山もちらりとそれに目をやり、再び高橋へと視線を戻す。
その視線を受けて、高橋の顔からは笑みが消えた。
「先輩。それ、独り占めになんかさせませんよ。そもそもそれは僕のものだ」
「うるさい。この死に損ないめ。もうこれは俺のもんだ」
言うや否や、遠山はアクセルを踏み込んだ。高橋を振り落とそうと考えたのだ。
しかし高橋は必死の形相でワイパーにしがみつき、簡単に落ちそうにない。それどころか、彼はどこからともなく取り出した石を右手に握り振り上げた。それは遠山が高橋の眉間に打ち下ろした石のようだった。
高橋が石を振り下ろした瞬間、フロントガラスに蜘蛛の巣がはったようにひびが走った。
思わず目を背けた遠山の手元が狂い、ハンドルが大きく振れる。
その結果、タイヤは林道を踏み外した。
遠山と高橋を乗せたまま、車は崖を転がり落ちていく。
ゴロゴロと転がるその勢いのまま川の中に突っ込んだ車は、屋根を下にした状態でようやく止まった。
フロントガラスに張り付いていた高橋は途中で弾き飛ばされ、虫の息で川原に転がっている。
一方遠山は、転落の衝撃で気を失っていた。そのせいで、開いたままの窓から流れ込む川の水にも気付かない。
やがて、車内は水で満たされた。助手席から転げ落ちていた柄杓がぷかりぷかりと流されていく。二度と目覚めることのない遠山はそれに気づくはずもなかった。