小説

『海亀の憂鬱』泉谷幸子(『浦島太郎』)

 ある日ある時、海の中のとある宮殿に、大きな海亀がやってきました。竜宮城の乙姫様にお仕えする亀が、海神様に100年に一度の報告をするために参ったのです。これでもう100回目、いや200回目くらいの報告になるでしょうか。亀は海神様に拝見し、これまでのように乙姫様の行いを詳らかに語りだしました。

――乙姫様のお過ごし方は、ここ何百年とそう変わりませぬ。竜宮城の中で飲めや歌えの騒ぎは毎日のこと、魚たちには舞いを踊れと強要し、どこかで舟が難破したと聞けば金銀財宝をとってこい、若い男が溺れておれば助けて連れてこいとやりたい放題でございます。しかもそれが原因で幽閉の身になられたにもかかわらず男好きは相変わらずで、その連れてきた男たちをすっかり虜にし遊び呆けた挙句、飽きると丸呑みにしてしまう。すぐに死んでしまう者を、少しの間楽しい思いをさせてから運命通りにするのだから、良い行いではないかと乙姫様は仰るのでございますが、わたくしはどうしても納得いたしかねるのでございます。
――それが、今回は少々趣の違うことが起こったのでございます。
そもそもは乙姫様の遣いで、わたくしが陸の様子伺いをしていた時に数人の子供たちに捕まったことが始まりでございました。乙姫様は人間界に大変ご興味のある方で、海上の船や難破船や溺れた者などでは飽き足らず、陸の様子もお知りになりたいということで、わたくしが夜明け頃にしばしば上陸するのでございます。ただその暗い中では人はあまり活動しておらず、珍しい様子もなかなか見る機会がないものですから、なにか新しいご報告を、と思い海に戻る時間を少し、もう少しと延ばしていたところ、明け方にたまたま遊びに来ていた子供たちに見つかってしまったのでございました。
 彼らはひどく乱暴で、わたくしの大事な甲羅を棒切れで殴ったり蹴ったりと散々なことをしました。泣きながら放すよう頼みましたが、誰も聞き入れません。その時、通りかかった若者が助けてくださいました。その若者は子供たちにお金をやって打ち払ったあと、わたくしに海へ帰るよう仰いました。それまで目をつむり縮みあがっていたのでございますが、優しい声に見上げると、そのお方は水もしたたるような美しいお顔立ちで、一瞬傷の痛さを忘れて見入ってしまうほどでございました。そしていたわるように海の際まで導いてくださり、もう誰にも捕まるのではないよとの温かいお言葉まで頂戴しました。わたくしはもう、ぼんやりと夢見心地になって、ふわふわ泳ぎながら竜宮城に戻ったのでございます。

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