小説

『マヨイガ』土橋義史(『遠野物語-マヨヒガ』)

「じゃ、それ、俺が預かるよ」
「え?どうしてですか」
「持ってかえって皆に見せびらかすんだよ。不思議な家があったんだって」
 遠山の言葉に高橋は険しい顔で首を振る。
「だめですよ。先輩もこれを見て家が本当にあるってことが分かったでしょ?だから、返してきます」
「待て待て。なんで返すんだよ」
「だって、黙って持ってきちゃったんですよ。このまま持って帰れば立派な泥棒です」
「柄杓の一本くらいで誰もとやかく言わないって。そもそも誰もいないんだろ、そこ」
「誰もいないからこそ返すんです。それともなんですか?誰もいない家からは勝手に物を持って帰ってもいいとでも言うんですか?」
「そりゃ普通はよくないけどさ……」
 と、どう説得しようかと考えあぐねる遠山をよそに、高橋は踵を返す。
「それじゃ、返してきますね」
 背を向けて歩き出す高橋に遠山は、
「待てって。それがあれば大金持ちになれるんだぞ」
 と、最後まで隠すつもりでいた秘密を思わず口走っていた。
 しまったと渋面を作る遠山を、足を止めて振り返った高橋は怪訝な顔で見詰めた。
「大金持ちって、どういうことですか?」
 そう言って彼は手の中の柄杓をしげしげと眺める。
 こうなったら全てを話し、自分と高橋の二人で幸運を山分けしようと開き直った遠山は、マヨイガについて知っていることをすべて高橋に語って聞かせた。
 神妙な顔で話を聞いていた高橋は、遠山が話し終えたのを見計らって
「ふ~ん」
 と大仰に頷いて見せた。
「そういうことだからさ、その柄杓は持って帰っていいんだよ。そうすりゃ高橋、俺とお前は大金持ちだ」
 遠山がそう言って笑顔を見せるのに対し、高橋は冷ややかに
「先輩と僕が大金持ち?冗談でしょ。大金持ちになるのは僕だけだ」
「は?何言ってんだよ」
「だって、マヨイガを見つけたのは僕なんですよ。マヨイガに行って、この柄杓を持ち帰る資格を持っていたのも僕なんだ。先輩はマヨイガを見ることすら出来なかったじゃないですか。二人で大金持ちだなんて、ずうずうしいにも程がある」
 後輩の物言いに遠山は少し声を荒げ、
「おい、待てよ。言っておくけど、俺が止めなければお前はその柄杓を返しているところだ。返したら金持ちどころの話じゃない。つまり、お前にマヨイガのことを教えてやったんだから俺にも金持ちになる権利はあるだろう」
 興奮を隠せない遠山に対し、高橋は冷笑を浮かべ、
「先輩、自分で言った事を忘れたんですか?マヨイガに迷い込んだ女は何も持ち帰らなかったけど、お椀が自ら流れてきたって。つまり、先輩に教えてもらわなくても、マヨイガを見つけた僕は、いずれそこにあった何かを手にすることになっていたんだ。そして、大金持ちになる運命だったんですよ」
 見得を切るように遠山を睨んだ高橋は、さも愉快そうに高笑いを響かせた。

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