小説

『シュレーディンガーのうらしま』さかうえさおり(『浦島太郎』)

 ミス・キャンパスにも選ばれた才色兼備の珠子が選んだのは、工学部の風采の上がらない男子学生、つまり俺だった。
 見た目が正反対の俺たちを、周囲の誰もが好奇の目で見たが、俺たちは似たもの同士だった。好奇心が強く、学問好き。自尊心が高いところもそっくりだった。
 法学部だった珠子はその気質の望むまま、人生の階段をスイスイと昇った。司法試験は一発合格、美人弁護士として華々しいスタートを切った。
 唯一のしくじりは、俺のプロポーズを受け入れたことだろう。
 とはいえ珠子だって、信じていたに違いない。夫はすぐに有名物理学者の仲間入りをするに違いないと。だからこそ子どもまでもうけたのだ。
 だが目算は、大きく外れた。
 周囲は俺を嗤い、俺は、俺を認めない世間を呪った。
 ついに珠子は言った。
『自分の幸せは自分で決めるわ』
『それがいい。出て行け』
 うだつの上がらない俺から離れ、きらびやかな人生を闊歩するのが、珠子には似合っている。娘のヨリにとってもそれがいい。
     *
 目を開くと淡い光の中にいた。
 傍らに気配を感じて顔を向けると女が立っていた。
「珠子!」
 女性はほほ笑んだ。
「妾は珠子、という名ではない」

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