小説

『シュレーディンガーのうらしま』さかうえさおり(『浦島太郎』)

 珠子にしか見えなかった。が、女は奈良時代の衣装のような、領巾(ひれ)のある着物をまとっている。俺は上体を起こした。
「だったら誰だ?」
「お前は妾に会いに来たのだろう?」
「乙姫か?」
 女は艶然と頷いた。
「まさか乙姫が、元妻にそっくりだとは」
「お前は妾の元夫とは全く似ていないな」
 浦島太郎は大層な美丈夫であったらしい。
 その時、「乙姫様」と誰かが駆け寄ってきて耳打ちした。俺は寝かされていた寝台からずり落ちた。駆け寄った男は、体は人間だが、頭部の部分には魚がそのままの形で載っていたからだ。
「あんたらは地球人ではないな?」
「無論だ。妾たちは別の宇宙の異星人。この姿は地球人に似せて作ったアバターに過ぎない」
 俺は目を見開いた。
 荒唐無稽と言われた、自分の仮説の通りだったからだ。
「ほう、お前は最初から分かっていたのだな」
「思考が読めるのか?」
「テレパスだ。お前の装置と、原理的には同じものを使用している。もっとも、お前のはあまりに原始的で、実用に至らないが」
 俺の作った装置の原理は、正しいらしい。そんな場合ではないと分かっていても頬が緩んだ。
「あ、家永は?」
 今さらのように相棒のことを思い出し、辺りを見まわす。
「心配ない。潜水艇の中で眠っている」
「それならいい。それで、地球へ来た目的は何だ? 侵略か? 資源の調達か? 地球人の教化か?」
「暇つぶしだ」

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