小説

『京都エキストラシネマ』白紙(『更級日記』(京都))

 鴨川デルタからほど近い商店街は、営業時間がおわった店が多く、シャッターが下りている。彼女は古書店のシャッターを開け、レジの奥から、一冊の本を私に差しだしてくる。スマホでの撮影テクニックについて書いた技術書だ。
「よかったら使うて」
「おいくらですか?」
「ええよ、うちの私物やから」
 そうは言われても、さすがに恐縮したのだが、「どうせならこれも」とどんどん本が追加されて紙袋ごと渡された。
「いらんかったら、別の店に売ってくれたらええ。自分の才能を、今日諦めてほしくないだけやから」
 そこまで言われると、固辞するのも失礼な気がして、お礼を言って受け取った。見知らぬ美女にものをもらうなんて、怪談の導入になりそうな話だが、ありがたいことにちゃんと現実に起こったことで、翌朝もその紙袋は私の部屋にあった。
 いいことは続くものらしく、翌週の日曜日に初めてのエキストラに参加できた。シリーズ物の刑事ドラマで、七夕の設定だ。六月に七月分を撮影するなんてタイトなスケジュールだと思ったけれど、京都には旧暦の七夕、つまり八月に祝うところもあるらしい。
 現代ドラマのエキストラにおける衣装は基本、エキストラの私物のようで、浴衣を持参できる人は持参してほしいとのこと。私は持っていなかったけれど、受かったら友達が貸してくれるというので応募した。
 町家づくりの旅館で撮影。台本などは配られず、若いスタッフさんが設定を口頭で説明してくれる。商家で通常未公開の骨とう品が限定公開されるイベントに訪れた客という役。集められたエキスラは二十人ほど、年齢層はばらばら。私が最年少で、最年長は七十歳ぐらい。浴衣姿のおかげか、カメラ近くで演技するように指示された。
 門がまえをくぐるところ、部屋や庭の散策など、エキストラのみの撮影がおわると、ロケ弁が配られた。休憩室として割り当てられた部屋で、どこで食べようか迷っているとおばちゃんに「こっち座り」と声をかけられた。話を聞いてみると、エキストラの常連で、主演俳優のAさんをおっかけるため、今日は仕事を休んだそうだ。
「日曜日も会社があるんですか?」
「接客業はそんなもんよ」
 平日の募集でどうして人が集まるのかと思っていたが、なるほど、平日が休みの人がいるからか。
 午後からの撮影では、なんとAさんが現れた。歓声がわき、Aさんがそれに応えて頭を下げる。テレビでは気難しそうな大御所俳優なのに低姿勢で、「今日はよろしくお願いします」と言ってくれる。私はおばちゃんへと目をやると、少女のようにキラキラした視線を注いでいた。

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