小説

『京都エキストラシネマ』白紙(『更級日記』(京都))

 七夕イベント中に盗難事件がおこり、事情聴取のために残った客が文句を言うシーンを撮影した。演者の数に比べると、撮影スタッフの数が三倍ぐらい。主演俳優のアップ、ゲスト俳優のアップ、俯瞰での撮影など、いろんな角度から同じシーンを何回も撮影する。
 プロでも一発本番でやるものじゃないと気づいたら、あの日お姉さんに言われた「これは才能やなくて、技術の問題」が心に染みた。
 たった一回やっただけで、才能の話にしてしまうのは逃げだ。
 私は心をいれかえ、お姉さんからもらった本をしっかり読み始めた。技術だけではなく、撮影前にはお店の許可を得ることなど、基本的なことも書いてある。
 母が働いていたお弁当屋さんで買ったお弁当、美容院の看板犬、嵐電が走るためにかかる踏切など、京都で生活する日々を撮りためる。幼いころ生活した記憶はほとんどないのに、音や香りに触れると、不思議と懐かしい。
 大学も夏休みにさしかかると、エキストラに応募できる枠がぐっと広がった。先日のエキストラ参加でおばちゃんに教えてもらったのだが、私のような若い人は有利だそうだ。応募する人がほかの年代より少ない。
 時代劇サークル内のグループチャットでも情報が交換される。おすすめ案件として紹介されたのが、大ヒット映画を連発する監督の時代劇だ。しかも五日連続参加できたら、スタッフロールに名前が載る!
 春には短かった髪も、ボブ丈に伸びていた。プリン状態の髪を黒染めした写真で応募したらなんと受かった。今回の撮影では、先輩たちがいるから気が楽だ。
 撮影所の門をくぐる。当たり前に洋装の警備員さんに挨拶してビルに入った。時代劇なので、衣装は着物を着つけてもらう。農民という設定のため、日焼けふうのメイクを自分で塗ったら、「そんなきれいな顔じゃあかんよ」と先輩にぐりぐり塗られた。
 日中屋外の撮影はつらく、休憩時間に扇風機をスタッフさんが持ってきてくれる。誰かが扇風機の前を独占することなく、何かれと他人を気遣う。名前もろくに知らないまま、同じ目標を持つ人たちで、ゆるやかに連帯する。ほかでは味わえない、独特な空気感。
 朝早く、夜遅い撮影を続けた四日目の朝、吐き気と頭痛でベッドから起き上がれなかった。風邪かと思ったけど、PMSみたいだ。
 前日の夜、最寄り駅までエキストラたちを車で送ってくれたスタッフさんが「また明日」と声をかけてくれたことを思い出した。当日キャンセルなんて、迷惑かけちゃう。でも、とてもじゃないけど、無理だった。
 痛み止めをのみ、エキストラ担当さんに電話で謝罪したら、むしろいたわってもらえて、なおさら申し訳なくなった。

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