小説

『おちこちあいめ』曽水あゑ(『古事記』)

 出かける頻度は月に一、二度。言い分では行き先は商談も兼ねた酒の場だそうだ。商売の裏話が聞ける場は貴重だし、長い話の腰を折って中座するのは難しいので、ついつい朝帰りになる。最初は商売熱心なものだと感心していたモモコさんだが、商談相手の奥方と話す機会があり、ナギオの行動が自分の認識と合わないことに気づいてしまった。
 私には思い当たるところがなく、機会があれば探りを入れてみるとだけ伝えて貰った。

 それから暫くは米の収穫期を迎えたことで忙しくなり、ナギオの件に触れることなく過ごした。
 明日から大型の出荷が始まる。その準備を終えたところで一息吐くかと、農家同士で集まり夜が更けるまで騒いだ日のことだ。
 大酒をくらって千鳥足で帰る道すがら、私は近道をしようと普段は使わないあぜ道に踏み入った。歩く内に足元に弾むような感触がするので変な道だとは思ったが、なんせ月の出が鈍いのでよく見えない。
 ふと見ると前方に背を丸めながら歩く人の姿があった。先刻まで飲んでいた仲間かと近づくと、それはナギオだった。この辺は店の集まる賑やかな場所からは離れているので、ナギオがいるのは珍しい。
「あいつ、どうしたんじゃろ」
 声をかけようとすると、ナギオがこんばんは、と暗がりに呼びかけている。何となくそのまま目を向けていると、周りがぼうと明るくなった。やがてごごご、と引戸の動く音がして、中から顔を覗かせたのは髪の長い女だった。
「あらっ」
 私はいけないものを見た思いで、つい大きな声を出してしまい、次いでつんのめって足元の小石を蹴った。かんからん、と音が響き、女とナギオがこちらを見た。
「瑞穂屋の旦那様、あちらはお連れ様でしょうか」
 女の目がすっとこちらを向き、私は柱のように硬直した。ひとつ置いてナギオが声をあげる。
「あや、こりゃまさか光ちゃんか! 一体こんなとこでどうしたんじゃ」
「こんなとこって、お前こそここは集落の近く……」
 改めて辺りを見渡すと、奇妙なことに木も枝も石も歪んでいる、全く知らない場所だった。ぼうっと目前の二人を見る。
「大丈夫か? 光ちゃん」
「……いや、月の出が悪いもんで、道がわからんようになってしまってな。すまんけど、帰り方を教えて貰えんか」
 額を押さえた私に、ナギオは申し訳なさそうに言った。
「それが、ここは一人で帰るには少々難儀な場所でなあ。俺も暫くしたら一緒に出るから、ちと待ってくれんか。ナミコさん、この光吉くんも一緒にお邪魔しても良いやろか」
 ナミコと呼ばれた女は突然のことに訝しむ様子もなく、奥を示して私たちを促した。
「ええ。大した御もてなしもできませんが、どうぞ」

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