「働かないからなんだ、『アリ』みたいに働くのだけが偉いのか! 働かないって言うのなら、女王の奴だって働いてないじゃないか!」
上司は後ろの「アリ」たちを振り返ると、頭を手で叩いて言いました。
「おい、こいつ、病気じゃないか? 女王様が下っ端みたいに働くわけないよなぁ?」
後ろにいた後輩の「アリ」は、表情が窺い知れません。声音だけが無感情に響きます。
「女王様のご命令ですよ。逆らうんですか」
息を呑んだ「アリ」の手を、「キリギリス」がそっと、握りました。
「いいんだ。僕はもう長くない。神様は救ってくれない。わかっていたんだ、本当は」
「アリ」だってわかっています。「キリギリス」がどのみち助からないことは。会うたび、少しずつ弱っていって。でも。
こんな終わりじゃなかったはずだ!
「キリギリス」は、はんなり笑いました。
「キリギリス」がいなくなってから、「アリ」はまったく働かなくなりました。食べることも、寝ることも、動くこともやめてしまって、時折「守れなかった、ごめんなさい、会いたいよう、君の歌が聴きたいよう」と呟いては、はらはら涙を流すのでした。
冬の寒い日、「アリ」は巣の部屋で固く丸まって動かなくなっていました。そんな所で死なれても邪魔でしたので、死骸は仲間の手によって速やかに巣の外へ棄てられました。
「それでは、ただ今ご覧いただいた監視カメラの映像につきまして、説明をさせていただきます。
ご承知の通り、少子化に伴う我が国の労働力不足は深刻でして、解決のために提案されたのが、人間の遺伝子に虫の特徴を掛け合わせた『労働人財』です。彼らは大変早く成長し、成人すると成長が止まって数年の寿命をその姿で過ごします。腕が四本あることや、触覚があることなどの違いを除いて、外見や仕事能力のうえでは人間とほぼ変わりません。『労働人財』どうしで互いの死骸が主食になりますから、飼育コストも高くありません。
ご覧いただいたのは、現在、最も普及している『アリ』モデルと、今回我々が新たに投入した『キリギリス』モデルです。『アリ』は比較的知能が高く勤勉なので、今では人間の仕事をほぼ肩代わりしています。この『アリ』がもつ、娯楽を求める人間の性質を利用すれば、さらに効率的に仕事させることが可能である、と我々は考えました。そこで、自身は働かないが歌に特化した『キリギリス』と『アリ』を接触させることで、接触した『アリ』の労働生産性が高まる、という仮説を立て、実験を行いました。結果、接触した『アリ』は接触する以前よりもパフォーマンスが統計的に有意に上昇しました。したがって、仮説は支持されたといえます。ただし、すべての『アリ』に『キリギリス』が影響力をもつわけではないため、その個体差をもたらす要因を解明することを今後の課題とさせていただきます」
ホールの演壇に立って、登壇者が聴衆に説明を終えると、司会が後を引き継いだ。
「はい、ありがとうございました。質問のある方はいらっしゃいますか?」
ぱらぱらと手が上がる。司会に指名された男が挨拶をして話し出した。
「映像の中で『アリ』が女王に反抗的な言動をしているのが気になりました。『キリギリス』のために女王の命令に背くことがあれば、人間にとって脅威ではないでしょうか」