小説

『鈍い痛み』黒藪千代(『一寸法師』)

 平然と話しかけて来る小さい人。まるで普通の人間同士のように。
 いや、人間同士だ。小さいけれど一応人間に見えるし、日本語を喋っている。言葉も通じるのだ。そう思うと小さい人が言った言葉をオウム返しのように口にしていた。
「あるやろぉ~ほれ、自分の胸に手ぇ当てて考えてみぃ?」
 言われるまま、裸のオレは湯船に浸かった胸に手を当てる。
(う~む?)
 成敗されると言う事は、何か悪い事をしてしまったという事だろうか?
 手が後ろに回るような社会的な悪さなどはしていない。それだけは言い切れる!だとすると、仕事が忙しくて家族を放ったらかしにしているとか?確かに、妻にはいつも子供達の事を任せっきりで申し訳ないとは思っている。悪い事ではある。
 それともあれか?この前、打ち合わせの帰りに乗った電車で、目の前に立った年配のじいさんに睨まれて寝たフリをした。席を譲らなかった。まぁ、それも悪い事になるのか。もしくは、ランチタイムに弁当を買う列に並ぶのが嫌で、部下に買いに行かせた事か?それもかっ!いや、あの時は部下の分も奢ってやったのだから、悪行と言うよりはむしろ善行だろう。
 あっ、あれか!コンビニでコーヒーを買った時、店員が間違えてお釣りを多く寄越した。(あっ)と、そのまま受取ってしまおうかと一瞬だけ思った。たかが、数百円だったけど。けど、その後正直に申し出たではないか。一瞬でも過ぎったズルい思いが罪なのか?
 いやいや、そんな事が罪になるなら世の中成敗だらけになってしまう。
 オレは悪くない!あれは間違えた店員の罪だ!
「思いつかんか?」
 小さい人は訝しい顔でこちらを見て言った。
「はぁ、」何だか、ちょっと憮然とする気持ちで声にした。いつの間にか喉は普通に戻っている。
 すると小さい人はあっさりと頷いてから「ほな、」と言って浴槽の角からオレの方目掛けてジャンプした。
(うやぁっ)声にならない恐怖を感じて、思わず身を仰け反って阻止しようとしたけれど、小さい人が左肩にトンっと乗っかる感触がして慌てて視線を向けた。
「いざ!成敗っ!」小さな剣をオレの視線に向けて、くるくると回転しながら再びジャンプっ!耳の中に異様な音が、ゴゴゴッー!として異物が吸い込まれて行く。
「うぎゃぁ~」
 喉が一気に開いてオレは悲鳴を上げ、お湯を掻きむしり夢中で左耳に掛けまくった。
 異物が吸い込まれる間際に小さく(あれぇ~)と言うような声が聞こえた。

(ガチャ)「パパっ!大丈夫?」

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