小説

『鈍い痛み』黒藪千代(『一寸法師』)

 言いすぎたと自覚はあるのに、つい。
(凡ミスは誰にでもある事だ、気にするな)昔オレにそう言ってくれた部長。それ以来、二度と同じミスをしないようにと注意して仕事をするようになった。責められても仕方のない事に、責められなかったからこそ重く責任を感じられた。部下を上手に動かして、スマートに仕事をこなす部長は社内の誰もが認める理想の上司だ。
だからこそ、今回の後任を任された事が嬉しかった。いつも部長の姿を思い出しながら部下に接するように気をつけて来たつもりだったのに。
 台無しだな。オレ。
 チクチク、チクチクと。身体の左側で何かが暴れているような痛みを感じた。小さい人に成敗されているのか。

「ねぇ、パパどうしたの?何か湿疹みたいの出来てる、ここ」
 会議室を一瞬で静かにしてしまって、その後も何となく居心地が悪く、久しぶりに仕事を早めに切り上げて帰宅した。ソファでくつろぐオレの首元にツンツンと指を当てて妻が言う。
「うん、ちょっと痒いんだよ」
「早めに病院行った方がいいんじゃない?」
 まさか、小さい人に成敗されているとは言えず。妻のやさしい言葉に何故か後ろめたさを感じてしまう。
 しかし、痛みは昼間よりも確実に増しているような気がする。

 翌日出社すると、昨日の気まずさがまだたっぷりと充満していた。仕事に集中出来ず、外回りをすると言って会社を出た。部長に電話を掛けると奥さんの入院している病院に居るとの事で、そのまま病院へ向かった。
 チクチクと身体の左側が痛む。脇の下、首筋、胸のあたりにも痛痒い電気が走るように。
 小さい人、そんなに責めないでくれと言いたくなる。
 やらなければならない事が、日毎に増えていく。各部門のチェック、足りない資料の調達。会社や取引先との交渉。仕事が山積みになって行く中で、業務中に堂々とスマホをいじる若い社員や、給湯室でキャッキャっと声を上げて笑い合う女子社員に怒りは膨らむばかり。
 この数ヶ月、些細な事でイライラを部下にぶつけ、カリカリと肩を怒らせてばかりだった。いつしか、皆が遠ざかっていた事にも、本当はもうずっと前から気がついていたのに。
 そんな、あれやこれやを部長に聞いてほしかった。オレだって必死なんだ、一生懸命やっているのだと。

「こんにちは、奥様のお加減いかがですか?」

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