小説

『ただ、単純に。』鷹村仁(『しろいうさぎとくろいうさぎ』)

もう自分の力ではどうすることも出来ないかもしれない。放っておくことも安心させてあげる事も出来ない。 しかしだからと言ってこのまま放っておいていいわけがなく、おもむろに腰を上げた。

リビングに戻ると理沙がさっきと同じ格好のまま泣いている。その姿は前までの鋭いオーラはなく、ただただ小さく無力な小動物のようだった。掛ける言葉が見つからず、理沙の向かいの椅子に座る。
「・・・。」
それでも何か会話が生まれるわけではない。ただじっと理沙が泣き続けるのを見ている事しか出来なかった。

「大丈夫ですか?」
大島が怪訝な顔をしている。
「いや、この前大島君とうちのが喫茶店で話してたって聞いたかさ。一言謝ろうと思って。」
「いえ、理沙さんにはお世話になっていたんで。こちらこそ、ご心配をかけてしまうような事をしてしまってすみません。」
「何か嫌な気分になるような事があったら謝る。」
「いえ、ただ、私が心配の種の1つになってるみたいなので、あまり社内でも2人で話すのは控えようと思いました。」
大島は申し訳なさそうに話す。
「ごめんな。」
「いえ、こちらも悩みを聞いて頂いてありがとうございます。何とかもう少し続けてみようと思います。本当にありがとうございました。」
「そうか、頑張ってな。」
大島は頭を下げ仕事に戻ろうとした。
「・・・ちょっと待って。」
どうしても聞いてみたい事があった。
「・・・。」
立ち止まり、振り返る大島。

ぎこちない空気の中食べる夕飯は、旨いのか不味いのか分からなかった。そして仕事から帰ってから理沙から話しかけて来ることはなかった。
食事を済ませ、風呂に入り、最近は直ぐに自室に行ってしまうのだが、今日はリビングのソファーに座り理沙を呼んだ。
理沙は無言でソファーに座る。表情は固まっている。それはこちらを嫌悪するでも攻撃する物ではなく、ただ、どうしていいか自分でも分からなくなっている顔だった。
「ここ何日間かずっと考えて行動してた。理沙がどうしたら安心してくれるんだろうかって。」
「・・・。」
「仕事が終われば真っ直ぐ帰るし、残業するときは必ず連絡を入れる。大体の帰宅時間も分かれば連絡する。携帯電話は好きなように見ていい。仕事以外の女性と連絡は取らない。」
「・・・。」
「これ以外に今後思いついた事はやっていこうと思う。その事で理沙を苦しめてしまうのであればその都度言って欲しい。」
「・・・。」
「信じて欲しいのは、俺はただずっと理沙と一緒にいたいと思ってるだけなんだ。」
「・・・。」
 静かに時間が流れる。

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