小説

『ただ、単純に。』鷹村仁(『しろいうさぎとくろいうさぎ』)

 たった一言なのに緊張が走る。こちらは何もやましいことはしていないのにどこかよそよそしさを感じてしまう・・・。

 事は昨日起こった。仕事から帰ってくると理沙が真剣な顔つきでリビングの椅子に座っていた。自分も座ることを促され、目の前に一枚の写真を出された。
「これ、どういう事?」
 そこには男女が楽しそうにレストランで食事している姿が写っていた。もちろん男は自分だ。
「この女、経理の大島さんよね。」
 確かに映っている女性は会社の経理をやっている大島という女性だ。しかしそんな事は問題じゃなかった。
「ちょっと待って、この写真何?」
 たぶん店内で撮ったであろうその写真を誰が撮ったのか疑問だった。
「理沙が撮ったのか?」
「違う。」
「じゃあ誰?」
「頼んだ。」
「誰に?」
「興信所。」
 なんの悪びれもなく淡々と理沙は答える。
「ちょっと待って。それはやりすぎだよ。」
「どうして?あなたがやましい事をしてなければ問題ないじゃない。」
「興信所に頼む事事態が異常だって言ってるの。」
“異常”という言葉を言ってから後悔した。
「じゃあ何?あたしがおかしいの?」
 理沙の言葉には爆発しそうな緊張感が含まれていた。
「いや、そうじゃなくてそこまでしなくてもいいじゃない。」
「それじゃあ、きちんと説明して。」
 睨みつけるように見てくる。そこからゆっくりと丁寧に大島との関係を説明した。大島が上司とそりが合わず退職しようかと悩んでいる事。レストランで話しているのは、居酒屋のような所はうるさくてきちんと話せないし、誰が聞いているか分からない。少し値段が高い所の方が落ち着いて話が出来ると思って大島の方から指定してきた事。楽しそうに話しているのは、深刻な状況を少しでも和ませようと思って冗談を言っていた事。彼女の連絡先も知らないし、外で会ったのもこの時が初めてだという事。
 彼女が不安に思うような事はすべて話した。
「それに、元同僚だろ。大島は僕が君と結婚しているのを知ってるじゃないか。」
「だから?」
 理沙は表情を変えない。冷静な冷たい目つきでジッと見つめてくる。
「知ってる人間の旦那にちょっかい出すような女性じゃない。」
「誰がそんな事決めたの?」
「・・・。」

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