小説

『ただ、単純に。』鷹村仁(『しろいうさぎとくろいうさぎ』)

 理沙の追及は止まらない。たぶんこのまま何を言っても無駄だと感じた。
「とにかく何もない。信じられないなら携帯電話の中も見ていい。悪いけどこれ以上は説明のしようがない。」
 こちらも少し強く言った。何もない事を感じてくれたのか、理沙は下を向いた。
「・・・。」
 何も答えない。
 そしてその日はお互い気まずい雰囲気のまま終わった。

 浮気を疑われたのは少し前の事で、大島が直接の原因ではなく、以前にたまたま理沙からの連絡を取れない時があった。取引先の飲み会で深夜までつき合わされた。「遅くなる時は一回は連絡してね。」と理沙から言われていたが、その時は深夜になっても連絡出来なかった。そしてそこから激しく連絡が来た。メール、電話、10分毎に来た。2、3時間それが続いたが、最終的にその連絡に応える事は出来なかった。
「少しくらい出来るでしょう!」
 次に日にかなり追及された。分かってもらえないかもしれないが、そういう時もある事を説明したが、案の定、分かってはくれなかった。たぶん理沙はこの事があってから何かに付けて不安になる事が多くなった。ちょっと普段より帰るのが遅くなれば、明らかに態度がおかしく、口数が少なくなる。自分がいない時に自室を探られている形跡がある。携帯電話をいじられている感がある。どれも憶測だし、実際に何もないのでそのまま放っておいた。たった一回の事でここまで疑り深くなるとは考えにくかった。しかし放っておいた結果がこれだ。

 そして大島との関係を怪しまれてから数日が経った時、理沙の行動は自分の想像を越えた。
 社内で大島とすれ違った時、何気なく話しかけた。
「どう?調子は?」
 それとなくこの言葉だけで先日の退職の相談の事だと分かるように聞いたつもりだった。しかし大島は目を合わさずに「大丈夫です。」と遠慮気味に返事をして行ってしまった。
「・・・。」
 その事に違和感を感じたが、その時はあまり気にすることはなかった。しかし、原因はすぐに分かった。土井が教えてくれた。
「理沙ちゃん、喫茶店で大島に会ってたぞ。大丈夫か?」
 たまたま外にいた時に二人を見かけたらしい。信じられなかった。
「本当に理沙か?」
「そうだよ。大島にもそれとなく聞いた。気まずそうな顔してたけどな。」
「何話してたのか聞いたのか?」
「いや、聞いてない。」
 やり過ぎだ。実際に何を話したのか確認したわけではないが、この前の事があってからなのだ、だいたい想像はつく。興信所でもそう思ったが、何故そこまでやる必要があるのか全く理解が出来なかった。

 家に帰り、すぐに理沙に確認した。

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