小説

『箱庭のエデン』沢口凛(『浦島太郎』)

 連日の厳しい取り調べで、宇田島の精神はすでに崩壊寸前だった。自分の身に起きた出来事を頭の中で整理しても、何が現実で何が幻だったのか、もはや判然としない。しかし留置場の中では、硬いベッドに寝そべって、ここまでのめまぐるしい日々を思い返すことしかできない。

 すべての始まりは3週間ほど前の夜だった。たぶんそれは間違いない。
 ビル内の警備のアルバイトを終えて、帰宅途中だった宇田島は、新宿の裏通りにある雑居ビルの入口で、男同士の揉めごとを目撃した。50がらみの小男を、3人の若いチンピラが囲んでいる。どんなトラブルがあったのかわからないが、小男の方が因縁をつけられているのだろう。大声で威嚇しているのはもっぱらチンピラの側で、金をせびろうとしているように見える。オヤジ狩りというやつか。
 少し離れて観察していると、チンピラの一人が小男のポケットから財布を抜き出し、中身を確かめていた。
「こいつ、全然金持ってねえじゃねえか」
「だったら消費者金融で金つくってこいよ。身分証ぐらいあんだろ」
「カードならいろいろ入ってる。これは全部没収だな」
 宇田島は手に持ったスマホで時刻を確認した。幸い終電まではまだ30分以上ある。こんな場面に出くわして、見て見ぬ振りをするわけにもいかない。
「おい、あんたら。何やってんだ?」
「何だこいつ。関係ねえだろ。お前もやられてえのか?」
「トラブルなら警察を呼ぼうか?」
「殺されてえのかお前は」
 そう言いながら襟首をつかんできたチンピラの腕を、宇田島は軽々と捻り上げる。そしてチンピラはそのまま「あぁ!」と叫びながら、もんどりうって床に倒れた。手首の関節が壊れる感触があった。
「てめえ!」
 殴りかかってきたもう一人チンピラの拳をひょいとよけ、顔面に右の肘を叩き込むと、悲鳴を上げながらうずくまった。間違いなく鼻骨は折れただろう。この間、3秒か4秒の出来事だ。
 呆然としていた最後の一人は、宇田島に襲いかかることはしなかった。
「おい、行くぞ!」
 しゃがみ込んだままの二人の腕を引き上げ、3人のチンピラはすごすごと立ち去った。
「それ、置いてった方がいいんじゃねえか?」

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