小説

『寒戸のガングロ』室市雅則(『遠野物語』)

 自分が不在の間に、妹が生まれ、彼女が愛情を受けていた。
 その責は全て自分にあるとは言え、どこか悲しいものがあった。
 空白の時間の代償は大きかった。
 しかし、ガングロは十六歳になり、少しは大人になっていたので、そんなことはおくびにも出さず、立ち上がり、妹の頭を撫でた。
 「マジかわ」
 ガングロのブレスレットがぶつかり合って小さく鳴った。
 妹はどうして良いか分からず、プイと出て行き、二階の自分の部屋へと向かった。
 「うちも付いて行ってやる」
 ガングロは立ち上がり、妹の後は追って二階に向かった。
 「急に姉さんと言われても分がんねえんだろな」
 父親は笑った。

 ガングロは二階に上がった所で足を止め、立ち尽くした。
 二階には部屋が二つある。
 その間取りは変わっていない。
 一つは両親の寝室。これも変わっていない。
 もう一つはガングロの部屋であった。
 今、そこは妹の部屋になっていた。
 ドアに妹の名前のプレートがぶら下がっている。
 自分が貼っていたお気に入りのシールを剥がした跡だけが残っている。
 ガングロには堪えた。
 だからドアを開けて、中の様子の変わりようは見たくなかった。
 好きだったアニメのポスターも、クレヨンで描いた家族の絵も、将来の夢を書いた作文もきっと捨てられている。 
 いつかテレビである人物が亡くなってからも、部屋はそのままに残してあるのを見て、自分もそうなっているだろうとイメージしていたのだ。まして自分は生きているのだから。
 現実は違っていた。 
 ここに自分の居場所は無いと思った。

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