小説

『寒戸のガングロ』室市雅則(『遠野物語』)

ツギクルバナー

 遠い昔より黄昏時に女子供は神隠しにあうと言う。
 これは、ほんの少しだけ昔のお話。
 1980年代後半の秋。
 東北地方のとある町の一軒家。
 ある日、その家に住む六歳の少女が忽然と消えた。
 履いていたサンダルだけが庭の梨の木の下に残っていた。
 サンダルは木につま先を向けてまっすぐに揃えられていた。
 それを見つけたのは七十になる祖母。
 祖母は少女がサンダルを脱いで木に登っていると思った。いつもイタズラばかりするので、今度は何を企んでいるのか、訝しみながら、近づいて木を見上げたが、少女の影も形もない。茜色の空だけが枝の間に広がっているだけであった。不審に思い台所で夕食の支度をしていた少女の母に問うた。
 母も出てきて、木を見上げたが枝の間に空があるだけであった。
 少女の名前を呼び、耳を澄ましてもカラスの鳴き声が聞こえるだけであった。
 もしや、外に出たのではと思い家の周りを探すも、少女はいなかった。
 隣の家の者に尋ねるも知らないという。
 父親に連絡をしようと息急き切って勤め先の役場に電話をした。
 しかし、すでに父親は役場を出てしまっていた。
 携帯電話もろくに普及していない時代。移動中の人間に連絡することは難しかった。
 すぐに110番し、事情を説明すると警察官がやって来た。同時に父親も帰って来た。
 範囲を広げて探すも少女はいなかった。
 消防団も加わり捜索は大規模なものとなった。
 夜を徹し、少女探しが行われたが、足跡ひとつ見つけられなかった。
 町に出入りできる通りは一本しかなく、外に出たのならそこを通らないはずがないのだが、目撃情報や不審者の情報もなかった。頼みの綱の警察犬は梨の木を一周しただけで、そこから動かなかった。
 町では『神隠し』の噂が広まり、少女の家族に同情が寄せられる一方で、不穏な空気も漂った。子供の送り迎えには大人が同行し、警察による見回りも目立つようになった。
 しかし、日が経つにつれ、捜索規模は縮まり、その動員も少なくなった。
 ついに十日後、捜索は打ち切られた。 

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