両側を山並みに囲まれた盆地の小国リークハウゼンでは過去、一人の愚かな王によって国民のおよそ九割にあたる人々が虐殺され、壊滅的な状態と化した。残る一割の人の手によって革命が成され、時の王はその玉座から引きずりおろされることとなった。
このいたましき事件は後世まで伝えられ、二度と同じ過ちは繰り返すまいと人々は固く心に誓った。一人の人間に権力が集中することを避けるため、民の上に立つ人間は持ち回り制となり、一年ごとに入れ替わるのが通例となった。
持ち回りの王の選出方法はいわゆる投票方式となり、年一回の選挙には十八歳以上のすべての住民の参加が義務付けられている。
その年も通例通り、厳しい冬を経て野に花々が咲き乱れる春のころ、投票が行なわれた。山あいに住む人々も、この時ばかりは盆地の市街へ降りてきて、各々候補者の名を書いた紙を投票箱に入れにゆく。
「今年は誰が当選するかな」
「ルシャイトはもう三選目だから、敬遠されるのじゃないかな」
「確かにね。政治家としての手腕は確かだが、いささか権力を持ちすぎた」
「ではロルデンはどうかな」
「彼だってもう四選目だろう」
「それで言うと、ジークハルトということになる」
「まだ二選目だが、あの真っ正直さは少々危うい」
「では君は誰を選ぶ」
「それはお互い、言いっこなしだ」
道中聞こえてくる会話とはだいたいがそういうもので、この時ばかりは政治談議に花が咲く。とはいえ皆が皆、そこまで熱心というわけでもないのが現状で、特に今を生きるのに精いっぱいの若い世代は、国の行く末なんぞに頭を回す余裕もなく、実際義務だからと仕方なく投票へ行く者も多かった。
だからという説明もできるが、ことの真相はわからない。投票結果が街の中心ちかい円形広場の中央の塔に、垂れ幕で掲示された。
『1、 』
『2、ルシャイト』
『3、ゼッツァー』
得票率の高い順に上から下へとつるされる垂れ幕の一番上には、空白があった。