小説

『つまらないものですが』泉谷幸子(『わらしべ長者』)

 加奈はカバンの中からビスコの袋を取り出した。
「あの、これ。少しですが」
 男の子がびっくりしてこちらを見ている。母親は一瞬戸惑ったようだったが、
「どうぞ」
と言うと、すみません、ありがとうございますと言って、受け取った。そして男の子にもありがとうと言わせると、ビスコの袋を破ってやった。幸い、割れてはいなかったようだ。加奈は、厄払いしたような後ろめたい思いでほっとした。
 その母親が、あの、と言って加奈に何かを差し出した。こんなものしかありませんが。それは、キャラクターものの絆創膏だった。
「これ、さっき景品でもらったものなんですけれど、うちはこういう女の子向けのものは使わないんです。そんなに子ども過ぎる柄ではないので、よかったらどうぞ」
 確かにちょっとかわいすぎではあるけれど、二十歳ちょっとの加奈だったらぎりぎり大丈夫な柄だ。ケガをしてもこれをつけていれば、気分いいかもしれない。ありがとうございます、と受け取る。ここでも笑顔。こんなささやかなことでも外の世界はいいものだと思う。部屋にひとりでいたら、愛想笑いなんてしないもの。
 電車はあまり知らない田園風景の中をどんどん進んでいく。さっきの親子連れが降りていき、またいろいろな人が乗ってきたり降りていったりする。やはり皆、何かしら用事があるようだ。ないのは自分だけかもしれない、と加奈はなんだかみじめな気分になった。用事のある風に自分を装うのはやはり都会だとふと思い、ある大きな駅で電車を降り、反対の都会方面行きの電車に乗って終点まで行く。
 

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