草薙は落ちつける場所を探していた。
サラリーマンで溢れる繁華街を抜け脇道へ脇道へと歩いていった。
繁華街のにぎわいも消えたところに飲み屋と古い住宅が半分混ざったような寂れた通りがあった。少女がその通りの中に立っていた。夜とは言えないが既に薄暗い時刻のこんな通りにいるのは似つかわしくない少女であった。
その子も草薙の方をじっとみつめている。その子に惹かれるように通りの中に入っていった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」
少女が草薙に声をかけてきた。とても澄んだ明るい声であった。
もうすぐ春とはいえ、この季節には肌寒むそうな薄い緑色のワンピースを着ている。また何か首からお守りのようなものを下げていた。
「私に用ですか。」
「お兄ちゃん、お腹すいてない?。うちで食べていかない。」
「うちで。」
少女が草薙の手を握ろうとした。とっさに草薙は手を引っ込めた。
「ここが私の家。お母さんがこのお店やっているの。」
少女は引っ込められた草薙の手を今度は離さないと言わんばかりに握り、そしてもう片方で目の前にある店を指さした。
「家庭料理 里」という店がそこにあった。
店と言っても板戸一枚の入り口の上に「家庭料理 里」という看板が下がっているだけである。注意してみないと両脇の古い家に埋もれてしまい素通りしてしまいそうな店であった。賑やかそうな店ではなさそうである。それにこの子が手を離してくれそうにもない。
「可愛い客引きさんということか。」
草薙は少女に引かれるまま店の中に入った。
5,6人程度が座れるカウンターとその向かいの座敷に3つのテーブルがあるこじんまりとした店であった。
女の子は「お母さん、このお兄ちゃんお腹すいたんだって」とカウンターの中の女性に声をかけた。
「済みません。望。無理やり誘っちゃダメじゃないの。」
女性の声も澄んでいた。この少女の声は母親ゆずりのようである。