小説

『マヨイガ』土橋義史(『遠野物語-マヨヒガ』)

ツギクルバナー

 この前俺さ、釣りに行ったんだよ。その日は渓流釣り。ヤマメ狙い。でね、最初は調子よかったんだけど、段々食いが悪くなってきたもんだから、ちょっと場所を変えようと思って更に上流へ向ったんだよ。そうしたら、森の向こうに家の屋根が見えてきたわけよ。そこは山の中で、周りは木ばっかりのところだよ。
 こんな山奥に誰が住んでんだ?って思ってさ、その家に行ってみたわけ。
 そうしたら驚いたことに、でかいんだ、その家。ほら、田舎にある金持ちの農家みたいな感じの家って言えばわかるかな。立派な門長屋があって、門は開け放たれているの。その向こうに広い庭が見えていてさ、その庭の遥か向こうに、これまた立派なお屋敷があるわけよ。広さは何坪あるのかわかんないほど。
 庭のこちら側には綺麗な花が咲き乱れているかと思えば、庭のあちら側には馬がつながれていてさ、鶏なんかも放し飼いにされていたな。
 俺、馬を直接見たことなかったからさ、ちょっと触ってみたくなって、おそるおそる庭に入ってみたんだよ。
 そうしたらそこで気づいたんだけど、立派な屋敷はね、全部開けっ放しになってるの。全部って言うのは、入り口から始まって、縁側や窓も含む全部の戸ね。だから屋敷の中が丸見えなんだよ。
 無用心だな……なんて思いつつも、俺は何気なく家の中の様子を眺めたわけ。そうするとさ、縁側から見える座敷の床に、壺とか皿とかいろんな種類の器が、所狭しと並べられていたんだよ。遠目からだし、俺にはそんな趣味もないから確かなことはいえないけど、それでも見た感じ、どれも結構高そうな品物に見えたな。
 その時さ、俺の頭にふと疑問がわきあがったんだよ。こんな山奥にある立派な一軒家の座敷に並べられた高そうな品々。この家の住人は一体何者だ?って。
 そもそも、こんな山奥にこんなでかい家を建てるのだから、普通の人じゃないよな。おまけに座敷に並べられた高そうな品々。これは、もしかしたら何かの犯罪組織の隠れ家なんじゃないか……って。ほら、例えば美術品窃盗団が一時的に盗品を隠して身を潜めるための屋敷とか。もしそうだとしたら、俺がこの家を見つけたことをこの家の住人が知ったらどうするだろうか……なんて考えちゃったのよ。
 だろ?間違いなくやばいことになるだろ?だから俺は慌ててその家から逃げ出したよ。幸い誰とも会ってないし、まだ人の気配もしないし。でももうその後は釣りどころじゃないよ。あの家の住人と鉢合わせる前にこの場を離れようと、荷物まとめて急いで帰ったよ……。

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