当然の報いなのかもしれない。男は思った。彼女を救えなかったんだ。ここで狂人達と一緒に糞と小便を漏らしながら残りの人生を送るのが、俺にはお似合いなのかもしれない、と。
すると、女が尋ねた。
「あなた、自分が狂っていると思う?」
男は顔を下に向けたまま、視線だけ彼女の方へ向けた。
「何故?」
「正直、今のところはあなたが陰謀論に毒された妄想癖の典型例とするのが一番妥当だから。」
「――案外そうかもしれない。自分の言うことがどういう風に聞こえるかは俺も分かっているつもりだ。あんたの言う通り、もしかすると俺は頭の中で勝手に過去の記憶なんてのをでっち上げて、それを信じこんでしまったものなのかもしれない。そうだとしたら、俺はここへ収容されても何も文句は言えない。けれど、喩えそうだとしてももうどうでもいいんだ。あんたも妄想だと思うなら妄想だとさっさと断定して、後は俺を放っておいてくれ。考えることにも、もう疲れたんだ。」
女はしばしレンズ越しに遠くの野生動物でも見るように男のことを見つめていたが、やがておもむろにスクリーン・テーブルの表示を全て横へ流して元の白色に戻すと言った。
「正気である人ほど信じ難い事象を前にすると、狂っているのは自分だと思い込むものだって、知ってた?」
顔を上げたエィンの眉間に皺が寄る。
「何が言いたい。」
彼女はそれに答える代わり、白衣のポケットへ手を入れて、そこから取り出したものをテーブルの上に置いた。
それは二つの時計であった。片方は腕時計。メタリックなカラーと曲線を基調としたデザインは近未来的だが、大まかな形は男が元いた(と思う)時代のそれと大して変わらない。デジタル表示も見慣れた類だ。一方、その隣にあるのは逆に随分とレトロな風情の漂う懐中時計。フレームはいぶし銀。十二の数が記された文字盤の中を長針と短針が無限巡回している。下手すれば五年前でもアンティーク扱いされそうな代物だ。
「これは?」
男が尋ねると、女はそれを彼の方へ差し出した。
「二つを比べてみて。見た目の他に気付くことはない?」
試されている。そう直感した。見下されるような真似は癪だったが、与えられた課題を放り出すのは性に合わない。男は二つを具に観察し始めた。