小説

『クロックワーク・タイム』菅原照貴
(inspired by 小説『天地明察』)

 もしくは宇宙開発。火星の一日は地球の一日より四十分長い。木星のそれは地球の十時間程度だ。そう遠くない未来に人類が宇宙に散った時、住む星によって一日が異なれば流通などに影響が出る。各々の星で観測される空の動きとは無関係の、全宇宙で統一された時間というのが必要となる。そしてどうせ新たに時間を設定するならそれは人間にとって最も生産性の高いものの方が良かろう。
「そういえば以前、リーダーズ・ダイジェストで人間の体内時計は一日を二十五時間とした方が効率が良いと読んだな。」
 だが解せない。
「それにしても、時間の長さなんてそんな簡単に操作できるものなのか?暦通りに星が動いていなければまず天文学者が騒ぐだろう。そうでなくとも農業に影響が出たりすれば遅かれ早かれ人々も気付きそうなものだ。」
「あなた、まだ事の大きさが理解しきれてないみたい。」女は溜息混じりに言った。「相手は『時計』っていう、誰もが時間を測るのに使う尺度そのものを弄んでいるの。天体の動きであるとか、農作物の成長なんかに関する結果が過去の理論から予測された数字と合致しなかったとして、修正を施されるのはどっちだと思う?」
 それは――。
「理論の方か。」
 それまで信じられてきた学説が覆されることなど現代の科学界では日常茶飯事だ。自然現象のずれにしても気候変動だの環境破壊のせいだと言われれば容易に信じられる。
 時間という常識は疑いの矛先を向けるには余りに巨大で透明過ぎる。そもそも社会全体がそれをベースに構築されていたとすれば、どこからその嘘を切り崩して良いかも分からない。二十世紀以降、学問は個人がゼロから調べるには余りに内容が複雑になりすぎてしまった。
「私は長い間、自分の仕事がただひたすら時計を見ながら算盤を弾くだけの世界で一番退屈な仕事だと思ってた。あることをきっかけに、自分が知らない内にどれほどの規模かも分からない数の人々を騙していたんだって気付くまでは。」
「お前が言う『ここ』とはどこのどの程度の範囲の広さなんだ?」
 だが、男の問いに女は「分からない。」と顔を横へ振った。「少なくともこの街の中は全て腕時計の方の時間で動いている。でも街一つを運営するのに必要な物資だとか、見た目には他の地域への旅行が普通に行われていることなんかも考えると、下手すれば州……いや、もしかすると国くらいの広さはあるのかも。」
 途方も無い広さだ。いや、広さだけではない。一秒をほんの僅か圧縮して外の世界と五年以上の年月を隔てるまでには一体どれほどの時間がかかろう?下手をすれば一世紀じゃ利かないだろう。そんなにも長い間、人々を騙し続けることなど――否、むしろそれだけ長い間行われていたプロジェクトだからこそ、昼夜の逆転さえも誤魔化すことが可能なのかもしれない。

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