小説

『クロックワーク・タイム』菅原照貴
(inspired by 小説『天地明察』)

 時間を費やすには良い命題だった。本当に良いものを思い付けば、実行に移すのもありかもしれない――男は軽々しくそんなことを思えるほどには絶望していた。
 スライド式の自動ドアが開いて、部屋の中に白衣を纏った人物が入ってきた。
 若い東洋人の女。年齢は二十代後半から三十代前半といったところか。目が大陸のそれではないため、おそらく日本人だと男は分析した。大人なのに下半身がティーネイジャーのような発育途上の膨らみ方をしているのは、日本人の血を引いている場合が多いことを彼は経験から知っていた。背は自分より拳四つか五つ分小さい。幼い顔のパーツそれぞれにこれといった特徴はないが、配置が良いのか全体として器量は整って見える。
 白衣の下は薄手のセーターに綿パン――彼女の地味な生活が垣間見えた気がした。
「こんにちは。気分はどう?」女は後ろへ引いた椅子に腰を下ろしながら尋ねた。いかにもカウンセラーらしい猫撫で声だ。
「軽く目眩がする。」男は言った。「鎮静剤を寄越すんならもっと上等なものを用意してくれ。」
「お前が大人しくしてくれた方が手っ取り早いよ。」ドアの前に立つ男の一方がそう返した。「昨晩みたいに興奮されると、こちらとしても選択肢は限られてくるんでな。」
「それとももう少し荒っぽい方が好みだったか?」と、もう一方が指の関節をパキパキ鳴らす。
 発言に軽く顔をしかめた女は前を向いたまま、
「失礼ですが彼と二人きりにして貰えますか?」
 その何とも愛想のない口調に二人の男は互いに不服そうな表情を見合わせたが、やがて片方が「ご自由に。」と言って部屋を後にした。「近付き過ぎて噛まれないようにだけ、気を付けて下さいよ。」ともう一人も続く。
 男達が部屋を後にした部屋の中の沈黙を確かめるように数秒の間を置いた後、女はテーブルを二本の指で軽くタップした。丁度、静かなレストランでボーイでも呼び止めるように。するとタッチパネルである卓は、部屋と同じ色の白から黒いそれへと変わった。
 変化を目にした瞬間、男が軽く驚いて目を丸くするのを女は見逃さなかった。
「落ち着いて。ただのスクリーン・テーブル。」
 彼女は今や巨大なモニターとなったテーブルへ視線を落とすことなく、端からアクアブルーのメニューを引き出し、そこから二、三のファイルを選択する。
 その様子を男は最初、興味津々といった様子でそれを見つめていた。が、やがて歪に唇を歪める。
「『ただの』、ね。俺が二日前までいたところでは、こんなのまだ影も形もなかったよ。」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10