「どんなことをしていたの?」
「何でもやった。汚いことも危ないことも。社会を裏から支えてるんだって意識がなけりゃ到底出来ないような仕事ばかりだ。だが、いつからか理不尽な指令に納得出来ないまま仕事をこなすばかりの自分に嫌気が差すようになってきた。そしてある日、俺はある人間を殺せという上司からの命令を拒否した。すると次の日、泊まっていたホテルの部屋から連れだされた俺はある施設に連れて行かれ、そこにあった巨大な機械にこの時代への片道切符を渡されたというわけだ。」
自分が口下手だと思っていた男は流暢に言葉が紡げることを内心意外に感じていた。今なら愛想の一つも振りまけそうだった。
女はそんな彼の言葉に黙って耳を傾けていた。モニターに何かを打ち込んでいるような様子もない。戯言にしか思っていないのだろう、と彼は思った。こんなロバート・ラドラムとマイケル・クライトンを一緒くたにしたような話、信じろという方が無理だ。立場が逆なら自分だって信じまい。
「片道切符、ということは元の時代には戻れないの?」
「目を覚ました時、俺は何も身に付けていない状態でモーテルのベッドに寝ていた。部屋の中もあちこち探してみたが何も見つからなかった。それどころか誤ってフロントからボーイを呼び出してしまい、混乱した頭で一悶着起こした。挙句の果てがこれだ。」と、彼はそう言うと部屋の中をこれ見よがしといった風に見回した。
「タイムマシンはこの時代じゃ、もう日常的に使われてるのか?こう、来週は恐竜を見に行こう、みたいに。」
だが、女は頭を振った。「残念だけど、時間旅行自体たまに量子力学者がそれっぽい机上の空論を発表するだけで、タイムマシンなんてのはまだフィクションの産物かな。」
そんなことない、と彼は否定した。
「デロリアンやターディスはもうとっくに第四の壁を超えてる。公になってないんだとすれば、それは一部の人間が自分達だけその恩恵を受けられるようにその存在を隠しているからだ。」
エィンは組織の駒として様々なものを見て見ぬ振りさせられてきた。その中には難病の特効薬であったり汚染物質の浄化装置であったりと、もし世に普及したならば人類全体にとって大きなプラスとなる夢のような技術も数多くあった。だが、権力構造が崩れることを恐れる者達がそれを阻止してきたのだ。
「奴らのずる賢さには全く頭が下がるよ。確かに、どれだけ俺が奴らを止めたくとも、既に起こってしまったことは止めようがない。もう手遅れなんだ。もう……。」
声は尻すぼみになり、彼は静かに項垂れた。