すぐに諦念が憤怒を冷ます。拘束を引き千切らんばかりに緊張した筋肉が瞬く間に弛緩していく。感情の昂ぶりは十秒ほどで収まった。
「すまなかった。」突然のことに目を瞠る女に対して彼は言った。「もう大丈夫だ。」
もう諦めが付いた、と付け加える。
白衣の女は外に出した男達を呼び戻そうか迷うように、一度ドアの方へ振り返ってから、だが結局そうしないまま居住まいを正した。気を取り直して、
「話を戻しましょう。あなた、今が何年かは知ってる?」
エィンは視線を彼女へ返さず目を伏せたまま、先程口にした年より五年後の年号を唱えた。
「施設へ送られる前に立ち寄った警察署で教えて貰ったよ。」
この二十四時間というもの、未知の刺激に絶え間なく鞭打たれて彼の心と体はすっかり疲弊していた。窓から見えるのは巻き貝のような建物に地面そのものが発色しているような道路。触れるもののほぼ全てに光が流れており、音楽は頭の中へ直接飛び込んでくるようだった。あらゆるものが五感に「未来」を訴えていた。この施設へ送られる道中で見かけたマクドナルドの看板――あの赤く縁取りした黄色の”m”に、あれほど安堵を思えたことはかつてない。
「それじゃあ、あなたの発言の意味を教えてくれる?つまり、あなたは自身が――」
「タイムトラベラー。」言われる前にエィンはその単語を口にした。直後、口からこれまでで最も嘲りの色が強い嗤いが漏れ出す。
「そう。俺は五年前の世界からこの時代へやって来た時間旅行者さ。自分でも信じられないけどな。」
「というと、あなたは自分の意思でこの時代にやって来たわけじゃないということ?」
答えられない、と言おうとして男は開いた口を閉じ直した。もう『組織』の人間でもないのに秘密保持が何だって言うんだ。どうせ五年前の話なのだし、それにこの女だって診断のために狂人の戯言へ付き合っているに過ぎない。この際、洗いざらい吐いてしまえ。
「その通りだ。」再び口を開いて彼は言った。「俺は望んでこの時代に来たわけじゃない。命令に従わなかったから、その罰として俺は強制的にこの時代へ送られたんだ。『島流し』って奴だよ。」
「命令って誰からの?」
「『組織』からの。」
「何て言う名前の?」
「生憎、必要な時だけこき使われては仕える相手の都合が悪くなるとすぐ解体されるような組織でね。色んな名前を持っていた。だから内輪では基本的に『組織』としか呼ばない。俺はそこのエージェントとして働いていた。」