小説

『クロックワーク・タイム』菅原照貴
(inspired by 小説『天地明察』)

 果たして、そんなことが可能な組織など存在するのだろうか?これだけの規模をこれだけ精密に管理し、なおかつ数世紀に渡って存続したような組織――。
 と、エィンは俄に目を見開いた。
 ああ、そういえば。
 たった一人の裏切り者を処理するためだけに派手なタイムトラベルの演出まで施すような組織が一つあった。タイムマシンなんて代物を真実持っていてもおかしくない『組織』が。
「騙されていた――」
 絶句した彼の声はガラスのように口から溢れ落ち、テーブルの上で砕けた。二人の周りを泡が包んでいるかのような沈黙がややあった。
「エィン、私があなたに協力して欲しいというのは二つ。まず一つは『ここ』からの脱出、そしてもう一つは『ここ』の解放。あなたも自分の意志に反して『ここ』へ連れ込まれたなら、私達の利害は一致している。違う?」
「かもな。だが、俺はまだ完全にお前の言うことを信じる気にはなれない。この時計以外に、何かお前の主張を裏付けるものは存在するのか?」
 ある、と彼女は即答した。「けれど、これ以上は協力することに承諾して貰わない限り提示出来ない。」
「つまり、後は自分の勘に従え、と?」
「そういうことになる。」と、彼女は頷いた。
 エィンは上体を起こすと、椅子の背もたれに背中を預けた。
 決断するのにさして時間はかからなかった。
「――いいだろう。」
 偽のタイムマシンを用意してまで自分を騙し、侮辱した『組織』を許すつもりはない。それに『ここ』の外がまだ元の時間だというなら、まだ彼女は生きているということ。
 まだ手遅れではないということ。
 それだけでもヘイリーの言うことに賭ける価値はあった。
 エィンは椅子から腰を上げると尋ねた。
「ここから俺を出す準備は出来ているんだろうな。」
 勿論、と立ち上がった彼女は彼に向かって握手を差し伸べる。
「改めてよろしく、エィン。今度はラストネームも教えてくれる?」
 エィンは片眉を吊り上げて、小さな笑みを浮かべた。
「俺の名――」
 だが彼の声は外からの大きな爆発音によって掻き消された。部屋の中が激しく揺れ、直後、警報と怒声が廊下から響いてくる。
「いけない。下に仕掛けた時限装置、設定間違えたかも。」
 ヘイリーは踵を返すと入り口の方へ向かった。
「とりあえず今はここから出ちゃいましょう。」
 エィンはひとまず頷いた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10