『汐穂の王子さま』晴香葉子(『星の王子さま』)
ツイート 子供の頃、指でつまみ上げようしたら、葉にぴと~っとくっついていたカタツムリのように、汐穂(しほ)の身体はベッドに密着し、沈み込んでいた。昨日は完全に飲み過ぎた。水を取りに起き上がりたいが、それもこれもとにかく […]
『多元宇宙収束現象太郎』多憂唯果(『桃太郎』『一寸法師』『浦島太郎』『金太郎』)
昔々、とは言っても、この宇宙の昔ではないかもしれません。あるところに、桃太郎という偉丈夫がおりました。桃から生まれた桃太郎は、立派に成長して、犬・猿・雉をお供に鬼ヶ島へ鬼退治にいき、鬼たちの住む砦の中で、最後の鬼を追い […]
『ジョバンニの弟』和織(『銀河鉄道の夜』)
ツイート 「カムパネルラ、牛乳が届いてる筈だから取って来て頂戴」 お母さんにそう言われて、カムパネルラは少し嫌だなと思いました。でももしその理由をお母さんに訊かれてしまったら、答えることができないので、黙って取りに行き […]
『双子の山羊』宮城忠司(北欧神話『タングスニとタングスニョースト』)
ツイート 亮三の父が親戚から山羊の子を貰い受けて来たのは三年生の春だった。父はその日のうちに鶏小屋を改造して藁を敷きつめ山羊小屋を作った。 亮三は嬉しくて父の造作を手伝った。子山羊を無事夕刻に新装の小屋へ入れ、父がキ […]
『硝子細工』酒井華蓮(『堕落論』坂口安吾)
ツイート 「ねえ何この部屋臭過ぎるから!窓開けるよ!」 幼馴染の美麗が彼氏と別れたのが夏休み前。 夏休みに入り、遊びや飲みには割と参加する方なのに最近断ってばかりいるし、一緒に所属しているテニスサークルにも参加しない […]
『夜と駆ける』木江恭(『スーホの白い馬』)
ツイート 「一等は、アルヤン族スーホ!」 高らかな声に、スーホはひゅっと息を呑んだ。信じられない――呼ばれたのは、自分の名前だ。この伝統ある競技会の優勝者として読み上げられたのは、自分の名前なのだ。 競技会が始まって以 […]
『不毛な愛を求める子供』月崎奈々世(『ヘンゼルとグレーテル』)
ツイート ――酒臭い。 夕方。学校から帰宅して、美緒はすぐに居間の窓を開けた。テーブルに目を向けると、半分以上食べ残したコンビニ弁当があり、そのとなりでは少し残っている缶ビールが倒れていて、いつものことながら憂うつな […]
『白雪姫の遺言』日野成美(『白雪姫』)
ツイート 1 お城の元女官の話 わたしはお城でときの女王様にご奉公する光栄に浴しましたが、白雪姫と呼ばれたあのお姫様と、その継母の魔女の女王様がどんなに美しかったか、懐かしく思い出すにつけ悲しい気持ちになりま […]
『踊る井田の花』ノリ•ケンゾウ(『小さなイーダの花』)
ツイート 「井田ちゃんの花が踊っていた」 小学校の頃、クラスの間でそんなような会話が至る所で交わされたことがあった。 「ねえ覚えてる? 井田ちゃんの花が踊る、みたいな話。あれって誰が言い出したんだろうね」 小中の同級 […]
『谷中荘まで』柿沼雅美(『或る少女の死まで』室生犀星)
ツイート 谷中もやや根津の通りに近い高台の、坂の上にある木造の共用アパートは、5年前とあまり変わっていなかった。いつのまにか谷中荘という札がかかっていて部屋は畳が張り替えられているけれど、相変わらず静かで、入口は自由だ […]
『神隠し沼』宮城忠司(白山麓民話『孝行娘』)
ツイート 伝造はここ二ヶ月の間、毎日天を仰ぎ溜息を漏らしていた。梅雨に入ってからも一滴の雨さえ降らなかった。このまま日照りが続くと稲穂が枯れてしまい、来年まで飢えに耐えしのぶ策を講じなければいけなかった。餓死するかも知 […]
『山姥のその後』星ゆきえ(『山姥』)
ツイート 囲炉裏の前にはでっぷりとした年の入った僧が座っていた。 「そなたは誰かを探しているのか」眉の下の眼光が飛んだ。「灯が見えたので来た。」女はぶっきらぼうに言った。顔の前にたれていた髪を片手で掻き上げた。櫛を通し […]
『玉手箱』東雲トーコ(『浦島太郎』)
ツイート カーテンの隙間から光がこぼれ、珈琲の香りが微かに漂う午前7時。明人はベッドの上で寝返りをうちながら少しずつ目を覚ましていく。何度か身体を回転させてから、さらさらとしたリネンのシーツの感触を確かめるようにうつぶ […]
『シェーベ』中村崇(『透明人間』H・G・ウエルズ)
ツイート 彼 ダイニングキッチンは広々としていた。アイランド型キッチンは使い勝手がよく、整理がゆき届いていた。 お湯が沸くのを待って、彼は年代物のミルで挽いておいた珈琲をドリッパーにセットした。ミルは鋳物で […]
『おじいちゃんと桃』ナガシマルリ(『桃太郎』)
ツイート チリンチリン。 コンビニで買ったアイスを食べながら歩いていた。生ぬるい風のせいで、アイスはすぐに溶け出してしまう。 「あ、たれてる」「ヤバッ、スカートついた!」「うわ!汚い」「あんたもたれてるって」 そん […]
『ウルトラマリンの夜』眞中まり(『銀河鉄道の夜』)
ツイート がたん、と揺れた列車の外は世界中の綺麗な青色だけを集めたみたいにほのかな星明かりに満ちている。はめ込まれた丸い硝子窓は触れるとひんやりと冷たくて、夜の中に閉じ込められながら泳いでいるみたいだった。やわらかなヴ […]
『ウサギ!とカメ』泉谷幸子(『ウサギとカメ』)
ツイート むかしむかし、あるところにウサギとカメがおりました。ウサギは日ごろから、カメの足が遅いことを馬鹿にしておりました。そこである日、カメにこう言いました。 「カメさん、カメさん、オレとかけっこで競争しないかい?」 […]
『Bros.』村越呂美(『偸盗』芥川龍之介)
ツイート 真昼の白い光に熱された歌舞伎町は、腐りかけの死体に似ている、と修一は思った。 すでに終わっている人生。やり直しのきかない失敗。後はただ、どろどろになって形を失い、塵になるまで踏みつけられるしかない生ゴミと吐 […]
『仇討ち太郎』星谷菖蒲(『桃太郎』)
ツイート 男は後ろ手に麻縄で縛られていた。筵の上に座らされ、背中には長い棒を押し当てられて上体は地面に這いつくばる形に近い。顔には殴られた痕がある。口の端が切れて血が出ている。しかし男は抵抗するそぶりを見せず、目の前の […]
『おとぎサポート』広都悠里(『一寸法師』)
ツイート 子供の頃はよかったな、配られた紙を手にしてため息をつく。 「何言ってんの、オレたちまだ子供じゃーん?」 戸倉がへらへら笑う。 「おまえ、もう出したの?これ」 「あ、進路希望調査。なんだよ堀川、まだ出していな […]
『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)
ツイート 高校生になったという実感も湧かないまま、明日からゴールデンウィークを迎える事となった5月1日。まだクラスに友達が居なかった僕は、教室の一番後ろの席で5連休にはしゃぐ訳でもなく、ただ淡々と鞄にプリントを仕舞って […]
『アコガレ』田中りさこ(『うりこひめとあまのじゃく』)
ツイート エロ、というのは、恥ずかしいことだ。 わたしはずっとそう思っていた。 内気な性格で、わいわいと人の輪や話題についていくのが苦手だったから、自分のペースで読める物語を好んだ。 物語の中のエロには、みんな見 […]
『檸檬爆弾』荻野奈々(『檸檬』梶井基次郎)
ツイート 黄ばんだ鋭い明かりが朝から晩まで往来を照らし続ける地下鉄のホームで、一人の少女が学校指定の深緑のスクールバックを肩にかけ、ひんやり冷たい青いいすに腰掛けていた。光の下で人工物のようにほんのりと光る彼女の手の上 […]
『ドアの声』あおきゆか(『塀についたドア』H・G・ウエルズ)
ツイート 誰かの声がして目を開けた。 ながい廊下には僕以外、誰もいない。 「入ってもいいぞ」 声はそう言ったのだった。 入ってもいい、ということはドアを開けて中に入れという意味だろうか。たがいったいどのドアを開け […]
『木漏れ日の中で息をした』水無月霧乃(民話『送り狼』)
ツイート 日がすっかり落ち、いつも遊び場となっている林は不気味なほど暗く、怪しく、時々獣の遠吠えが聞こえてきて、それがますます自分を恐怖に陥らせていった。当てもなく彷徨ってみるが、自分の帰りたい方向が分からない。小さな […]
『汝自身を知れ』柳氷食(ギリシア神話『変身物語』)
ツイート ボイオチア地方の名高き盲いの予言者・テイレシアスは、数奇な運命の持ち主であった。 ある日鬱蒼とした森を一人歩いていると、草陰で交尾する一組の蛇が彼の目に入った。てらてらと濡れ光る鱗に覆われた巨大な蛇体がうね […]
『夢泥棒』伊藤円(『夢占』『舌切り雀』『浦島太郎』『かちかち山』『雷のさずけもの』『はなさかじいさん』等)
ツイート 木の葉のような丸い耳。果実のような円らな瞳。とっぷり肉付きの良い横腹に泡沫のような不揃いの斑点模様。けれども決して醜悪ではなく、あどけない可愛らしさに起伏する。すう、すう、俺の吐息が土を捲れば、ひら、ひら、二 […]
『蚊』みなみまこと(『変身』フランツ・カフカ / 『カエルの王子』)
ツイート 朝、目を覚ますと、身体が宙に浮いていることに気が付いた。 ベットの上、布団上空十センチメートルに俺の身体はあった。 シーツが海のように広がって見える。 鏡を見ようと部屋の中を見渡すと視覚がおかしいことに […]
『モモノミクス』梅屋啓(『桃太郎』『西遊記』)
ツイート アジア全土を管轄する天帝は、東アジアの地区長を務める天子とデスクを挟んで睨み合いを続けていた。上下関係で言えば明らかに天帝の方が立場が上なわけだが、今追いつめられているのは上司である天帝であった。 「どうする […]
『エンドウ豆の上に寝たお姫様』長月竜胆(『エンドウ豆の上に寝たお姫様』)
ツイート とある国に、一人の若き王子がいた。王子は理想の高い性格で、何事にも妥協しない。それ故に厳しいところもあるが、その真っ直ぐで誇り高い生き様に、国民からの信頼と期待も厚かった。 立派な王となるために、日々努力を […]