小説

『踊る井田の花』ノリ•ケンゾウ(『小さなイーダの花』)

「井田ちゃんの花が踊っていた」
 小学校の頃、クラスの間でそんなような会話が至る所で交わされたことがあった。
「ねえ覚えてる? 井田ちゃんの花が踊る、みたいな話。あれって誰が言い出したんだろうね」
 小中の同級生で開かれた同窓会でこの話が出てくる今の今まで、すっかりそんなことは忘れていた。この日に同窓会が行われるのが決まったのは、一ヶ月程前に行われた成人式のときであった。成人式の二次会の途中、クラスの何人かの間で、また同窓会しようよ、といった話が出て盛り上がり、乗り気になった男女数名がその日の内に日取りを決めて出欠までとったのだった。私も久しぶりに幼馴染みに会った感慨に、アルコールも手伝ってか、すぐに行けますと返事をしてしまった。成人式で、私はまるで今までずっと彼らと仲の良かったかのようにみんなと話していた。大勢の人に話しかけて、話しかけられた。しかし思い返してみれば、小中のときにこんなにも色々な人と話していた記憶はまったくなかった。クラスの女子数名とグループを作り、その中で話をしていただけだった。だから今、成人式の高揚感に任せてこの同窓会に出席すると言ってしまったことを少し後悔していた。先ほどから、何を話したらいいのか全く分からない。私は高校に入った以降のみんなのことを何も知らないのだった。
 そういえば井田ちゃんの話は、成人式のときには一度も出てこなかった。みんな忘れてしまっていたのかもしれない。それが、井田ちゃんの花が踊る、という話が出てからというもの、みんなが笑いながら井田ちゃんの話をした。しかし、井田ちゃんの花が踊る、というのはどこから出た話なのだろう。
 そもそも井田ちゃんはどうして成人式に来ていなかったのか。成人式に出るのが嫌だったのか。それとも、今はこの周辺には住んでいないということだろうか。分からなかった。たしかに存在していたはず幼馴染みが来ていないのに、誰一人そのことに気づかないなどということがあるだろうか。たしかに井田ちゃんは、クラスの中でも影の薄い背の低い男の子であった。と、私は記憶しているが、これは思い違いかもしれない。クラスではお花係を任されていて、いつも一人で休み時間を過ごしていた。というのは、みんなが話しているのを聞いて憶い出した、あるいは憶い出している気になった。
「誰か井田ちゃん呼ばなかったの?」
「呼ぶもなにも、誰も連絡先を知らないんだから呼びようがないじゃん」
「そっか。じゃあしょうがないね」

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