小説

『踊る井田の花』ノリ•ケンゾウ(『小さなイーダの花』)

 幹事の木村が、美紀ちゃんと井田ちゃんの話をしている。二人とは小学校を卒業した後、中学でも同じ学校だった。というより、私の地区では、小学校から中学に上がるときに、他の学校になってしまうことはほとんどなかった。違う学校になってしまった子は、区域の関係上、川沿いにある集合住宅に住むごく僅かの子がいたのと、中学受験で私立の中学に行った子ぐらいで、残りの子はすべて同じ中学校に仲良く入学した。井田ちゃんは他の学校に行った数少ない内の一人であった。
 木村と美紀ちゃんは中学校に上がった後、一年間だけ付き合っていた。木村は野球が上手くて、顔立ちも悪くなかったから、結構人気があって、美紀ちゃんもいわゆるクラスのマドンナみたいな、可愛いと評判の子だったから、学校中の誰もが、二人が付き合っていたことを知っていて、別れたこともすぐに知った。中学の頃は、何かと色恋が話題になる人と、ならない人がいた。隠していても、周りが皆知っているカップルもいれば、とくにこそこそしているわけでもなく、人知れず付き合って、人知れず別れたカップルもたくさんいた。そして私の知っている限りでは、中学の頃に付き合っていて、今でも付き合っている子はいなかった。みんな別れた。みんなが別れて、みんながそれを覚えているけれど、みんなが忘れてしまっているかのようだった。中学の頃の付き合いは、すべて恋愛の真似事みたいなもので、だからといって大学生になった今の付き合いが恋愛の真似事じゃないのかと言われたら分からないけれど、それでもあの頃のことはお遊戯会のような深刻さでしか私たちの心に浸透していなかった。だからこうして、木村と美紀ちゃんが隣同士で親密そうに話していても、誰もあの頃のような感心を示さなかった。ただ今の私のように「そういえば二人は付き合っていた」と憶い出すだけだった。
「木村はさ、中学までは格好よかったよね」
「中学までは、ってどういうことだよ」
 美紀ちゃんの隣に座るゆっちゃんが木村をからかう。みんなが面白がって笑う。
「だって坊主でスポーツマンってイメージだったのに、今じゃ茶髪でチャラチャラしてるし、変わっちゃったよね」
 ゆっちゃんは、中学の頃からズバズバ物を言う感じの女の子だった。だけど、恋愛にはめっきりのめり込むタイプで、付き合っている男の子が別の女の子と少し話をしただけで、泣きながら女友達に相談していた。ゆっちゃんの制服姿と、それを取り囲む私たちの姿が、ぼんやりとした教室の背景と一緒に浮かんでくる。ゆっちゃんは私たち以外誰もいない教室の中で泣いていて、そしてそれを見つめる私たちまでもが大真面目になって一緒に悩んだ。励ました。慰めた。馬鹿らしく思えるけど、あの頃はみんなして大真面目にならなきゃいけない雰囲気があった。十代の女の子同士の関係は、今よりずっと強迫的でデリケートだったのだ。

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