小説

『踊る井田の花』ノリ•ケンゾウ(『小さなイーダの花』)

「うるせえな。お前こそ昔は髪短くて黒髪だったのに、今じゃ髪染めたり巻いたりして、すっかり女子大生に染まってんじゃねえか」
 ゆっちゃんは、ふん、と不満そうに首を振った。耳に付いたピアスが揺れて少し光る。
「そういえばさ、小宮の家って井田ちゃんの家と近かったよな。なんか知らないの」
 私の前にいる高木が、口を挟み、また井田ちゃんの話に戻った。小宮は、ゆっちゃんの名字であった。背が低くて、いつも背の順で前から数えて三番以内だった高木は、高校に入ってからずいぶんと背が伸びた。背の低かったころのイメージが強いせいか、私には背の高い人が高木の顔をしたお面を被っているみたいで、どうにも拭えない違和感があった。高木がジョッキに入ったビールを飲んで、あー、と声をあげる。やはり違和感があった。手元に置いたグラスの中で氷が溶けて、カランと音が鳴る。私もお酒を飲んでいた。みんながお酒を飲んでいた。小中からの知り合い同士でこうしてお酒を飲んでいると、なんだか不誠実な印象を受けてしまう。何も悪いことはしていないのに。給食で皆が揃って牛乳を飲んでいたことが懐かしい。
「近かったけど、井田ちゃんって小学校の途中で転校しちゃったじゃん。それから先は私もなんにも知らないわよ」
「うそ、井田ちゃんって転校したんだっけか。全然覚えてなかった」
 高木は驚いて、それからまた一口、ジョッキに入ったビールを飲んだ。高木の口の中に黄金色の液体が吸い込まれるのを見ながら、私も驚いた。井田ちゃんは中学が別だったのではなく、小学校のうちに転校してしまっていたのだ。どうりで成人式に来るはずがなかった。高木のジョッキが空になった。
「俺も覚えてなかった」
「私も」
 木村と美紀ちゃんも覚えていなかったようで、驚いた表情を上げ、目の前の唐揚げをつまんだ。そのときに美紀ちゃんが自然と木村の皿に唐揚げを一つ取ってよそったのを見たとき、私はもう一度二人が付き合っていたことを憶い出す。
「井田ちゃん影薄かったもんなー。いっつも花ばっかいじっててさ」
 高木が愉快そうに言った。愉快そうに言いながら、目だけは美紀ちゃんの手元に向いていた。高木も私と同じように、二人の関係を憶い出しているのかもしれない。
「お前、見たことあんのかよ。井田ちゃんが花いじってるところ」
「ごめん、ない」
 唐揚げを飲み込みながら、木村が高木に指摘を入れた。高木がばつの悪そうに頭を掻いた。笑いが起きる。

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