『約7000羽』大前粟生(『ヨリンデとヨリンゲル(グリム童話) 』)
ツイート この部屋には鳥がたくさんいる。あなたの部屋よりも、ずっと大きな部屋。たぶん、7000羽くらいの鳥がいる。一番多いのは小鳥。燕やすずめや小夜鳥。その次に鳩とカラス。ペリカンやフラミンゴ、クジャクなんかもいる。昔 […]
『鳥も鳴いてたろ』よねじまけんと(今昔物語集『信濃守藤原陳忠が御坂峠に落ちること』)
ツイート ある晴れた日のことである。御坂峠にはうっすらとした霧がかかっており、道の辺に咲く白菊に降りた朝露がときおり差し込む日の光に反射して妖美な雰囲気に包まれていた その峠に二人の男がやってきた。一人は信濃守陳忠と […]
『銀河モノレールの海』梅屋啓(『銀河鉄道の夜』)
ツイート 乗車しているのは俺一人だった。中央の通路を挟んで両側に二席ずつ。座席番号が二十までだから一両の定員は八十名だ。二両編成の短い車両のうち、後方の車両でやや後ろの窓際のシートに座った俺は窓の外に延々と広がる青い空 […]
『名付け』須田仙一(『寿限無』)
ツイート 「お孫さんですか?」 清潔そうな髭を生やした店員さんの無邪気に放ったその言葉が、縦長の店内のあちらこちらに反射し、私達、夫婦の心に突き刺さった。しかし、店員さんは悪くない。どう考えても私達は初めての子供を持つ […]
『APPLE SOUR』月崎奈々世(『シンデレラ』『白雪姫』)
ツイート 1、ふたりの出会い 私はシンデレラ。 正確に言えば、シンデレラ(五回目)だ。おとぎ話の主人公は、幾瀬の人間に夢を与え続けるという使命があるため、何度も同じ人生を繰り返さなければならない。継母や継姉にいびられ […]
『兄妹が産んだ誓い』梶野迅(夏目漱石『吾輩は猫である』『浦島太郎』)
ツイート 私の名は戦争である。父親と母親は誰か分からない。しかし一つ分かる事は私が少しでも動けば悲しむ人が出るということである。私が指をピクッと動かせば北の街で死者が数万人出て、腕を動かせば南の街で死傷者が数百万人出る […]
『T大学文学部のメロスと申します。』伊藤佑介(『走れメロス』)
ツイート T大学文学部 メロス様 株式会社ディオニス採用担当です。 先日は弊社新卒採用の選考にお越しいただき、誠にありがとうございました。 メロス様におかれましては、慎重に詮議を重ねた結果、今回の採用は見送りさせていただ […]
『僕は普通のサラリーマン』二月魚帆(『シンデレラ』)
ツイート 僕は普通の、どちらかといえば地味なサラリーマンだと思っていた。 今日も昨日と同じ時間に起きて、トイレに行って、朝食代わりのコーヒーを嗜み。使っても使ってもなかなか無くならないワックスで髪を撫で付け、砂埃で少 […]
『黍団子をもう一度』山北貴子(『桃太郎』)
ツイート 桃太郎は腰に付けた黍団子の重さが気になっていた。 以前、鬼ヶ島に向かう時はこんなに重かっただろうか? いや、あの時は犬、猿、雉がやってきて私の黍団子を食べてしまった。 だから軽かったのだ。 鬼を退治した後の私 […]
『羽化の明日』木江恭(『幸福の王子』)
ツイート 私が桐子を見つけたのは、駅前の雑居ビルの前だった。 桐子が気だるげに髪を耳にかけながら自動ドアを出てくるところで、私たちは目が合った。どきんと心臓を高鳴らせる私を他所に、桐子はふっと目を逸らして私の前を通り […]
『桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と』大前粟生(『桃太郎』)
ある日、桃太郎は山へしば刈りに、桃太郎は川へ洗濯をしにいく。桃太郎が川で洗濯をしていると、桃太郎がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れてくる。桃太郎は早速それを持ち帰ろうとしたが、川はあなたが思っているよりも深くて、桃太郎は […]
『パーティ』大前粟生(『灰かぶり姫』)
ツイート わたしたちはおしとやかということで世に名高いけれど、今日くらいはハメを外してもいいかもしれない。今日はパーティで、パーティというよりはパーティという発音のパーティだったから、わたしたちはじきに踊り狂った。いく […]
『きのうの私』まやかし(『ドッペルゲンガー』)
ツイート きのうの私が埋まっていた。それは生きているわけでも死んでいるわけでもなく、ただきのうの私なだけだった。 家の庭を掘っていたら、それは砂の中から現れた。 「ああ、ドッペルゲンガーか」と、ぼんやり思う。もう一人 […]
『F・A・C・E』澤ノブワレ(『むじな』)
ツイート さっきから、俺の視界に入っている奴。見たことは……、 ――多分無い。無いのだろう。無いはずだ。 そいつは街灯の真下に立ち、俯いていた。俺の方を見ている様子は無い。だが、何故か、そいつは俺を待ち構えてそこに […]
『ピンクの100円ライター』山名美穂(『マッチ売りの少女』)
ツイート 東急ストアを出ると、頭上から流れてくる琴の音楽に気がついた。ほんの少し前まで、これでもかというくらい精いっぱいクリスマスのイルミネーションでデコレートされていたはずの、駅から続くほんの数十メートルの小さな商店 […]
『魔法使いとネズミの御者』Dice(ぺロー版『シンデレラ』)
ツイート 城門から少し離れた路上にかぼちゃの形の馬車が停まり、銀の靴を履いた少女が城の中へ駆けていく。再び城門が閉まると、金色の豪奢な御者台から御者が興奮した面持ちで降りてきた。 「魔法使いさん。僕、今人間なんですね」 […]
『綿四季』音木絃伽(『枕草子』第一段)
ツイート 春は気持ちがふわんふわんする。 落下を待つジェットコースターとおんなじで、下腹辺りがむずがゆくなり緊張と不安に憔悴するくせに、今か今かと目前の壮快疾走に期待して心が躍る。 落ち着かないので酒を飲む。梅酒と […]
『狼はいない』光浦こう(『狼少年』)
ツイート 子供の頃、僕の世界は自転車で片道1時間圏内が全てであった。 大人になった僕は、俗にいう世界がとてつもなく広いという事を知る。 そして、何故か産まれた土地から何千キロも離れた縁もゆかりも無いこの村へと流れ着く […]
『いつか、そこに咲いていた花』村越呂美(太宰治『あさましきもの』)
ツイート 岸田聡は、多くの欠点にもかかわらず、人に好かれる男だった。その酒癖の悪さ、後先考えない金使いの荒さ、節操のない浮気癖。彼が抱える悪癖は、往々にして周囲の人達を巻き込み、相当な迷惑をかけることになった。ところが […]
『恩返し』池上夏紀(『鶴の恩返し』)
ツイート 終電なんかとっくに過ぎてしまった。横殴りの雨が、通りの木々を激しく揺らしている。傘を両手で握りしめた男が、恨めしそうに駅の改札を睨みつけて、やがて通り過ぎた。 前が、見えない。 現時点で雨風が強すぎて目を […]
『人形の夢』あおきゆか(『たれぞ知る』ギ・ド・モーパッサン)
ツイート 病弱だった両親が相次いで亡くなると、一人娘であるSは莫大な財産を相続し別荘のある避暑地にひきこもった。 恋人も友人もいない彼女のなぐさみは絵を描くことだった。できあがった作品は、画商に置いてもらっているが、 […]
『怪鳥ヲ射ル事』化野生姜(『太平記/広有射怪鳥事』)
ツイート 弓道着の裾が床にふれあうと、束ねた髪が横に揺れた。 私は射場の中央に進むと弓に矢をつがえ、目の前の的をめがけて射った。 ひょうっという小気味のいい音がした。 そうして、私は弓を下ろす。 的の真ん中には矢が刺さっ […]
『人参』谷ゆきこ(『檸檬』梶井基次郎)
ツイート このところずっと、得体のしれない嫌なものが私の心をおさえつけていた。いや、「得体のしれない」というのは少々語弊があるだろう。実は「得体」はぼんやりわかっている。はっきりわかったら気分がより陰鬱になるのが目に見 […]
『青乃先生』朝蔭あゆ(『土神と狐』)
ツイート その方は、青乃先生とおっしゃった。 黒々とした、烏の濡れ羽のように美しく長い髪と、すらりと細い手足、そして切れ長の涼やかな瞳をお持ちの方だった。 先生はいつも、大きくて重たげな茶色の革鞄を下げていらっしゃ […]
『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)
ツイート 「おばあちゃんの所までおつかいに行ってきてね」 「はぁい」 おばあちゃんの所。ということは、あの赤い頭巾を被っていかなきゃ。 どこだっけ。最近被っていなかったからタンスの奥の方へいってしまったかもしれない。 探 […]
『鳥の噂話』長月竜胆(『聞き耳頭巾』)
ツイート ある所に、貧乏だが正直者のお爺さんが一人で暮らしていた。お爺さんは毎日欠かさず山に登り、木の実や山菜を採ったり、薪を集めたりして生活している。また、山道の途中にある神社に立ち寄るのが日課であり、誰も手入れをす […]
『待つ』野口武士(『浦島太郎』)
ツイート イパオビーチの空がきれいな山吹色に染まっていく。 空なのに「山吹色」っていうのはちょっと変な表現かな?とアコは思った。でもいいじゃない、綺麗なんだから。詩人を気取るにしてはあまりに私はいい加減だ、と自分で可 […]
『凍てつく血、青銅の心』柳氷蝕(ギリシャ神話『エンデュミオン』)
ツイート 月虹が夜を凍り付かせていた。山頂に出来た小さな泉の水面はその光を受け、氷を張ってしまったように凪いでいる。ひしめき合った木々は葉擦れの音も立てず、眠りこけたように佇立する。かしましい小鳥たちも、今はそのお喋り […]
『百年まって』眞中まり(『夢十夜』)
ツイート ずっと昔から知っているきらめきがある。 きっと、星を細かに砕いたらあんな光になるのだと思う。完璧な形ではなく少し歪で、だからこそ光を反射してきらきらと輝くのだ。立ち尽くすその場所がどんな暗がりでも、その光が […]
『紡ぎ虫の糸はし』石橋直子(『蜘蛛の糸』)
ツイート 草木には雨滴が光り、濡れた土の匂いが漂う午後でした。灰色の雲は流れてしまい、弱い日差しと生ぬるい空気が、だれもを惰眠へと誘いました。それは、透き通る糸の上で揺れる彼女についても同じ事でした。 足先にかすかな […]