小説

『名付け』須田仙一(『寿限無』)

ツギクルバナー

「お孫さんですか?」
 清潔そうな髭を生やした店員さんの無邪気に放ったその言葉が、縦長の店内のあちらこちらに反射し、私達、夫婦の心に突き刺さった。しかし、店員さんは悪くない。どう考えても私達は初めての子供を持つ夫婦には、見えないからだ。
「いえ、子供なんですよ」
 店員さんは少し目を見開き、一瞬静止した。
「あ、そうなんですね。すいません」
 またその謝罪が、心をチクチクさせる。人間とはつくづく面倒臭い生き物だ。
「ここはネットか何かで?」
「いえ、お隣りさんの紹介なんですよ」
 妻が、お隣りさんの名前を言うと、すぐに店員さんは、お隣りさんの子供の名前を言った。私が、すごいですね、と言うと「名前をつけた子供の名前は大体覚えてますよ」と、ニッコリし「特にあの子は特別に綺麗な子だったので、覚えているんですよ」と少し遠い目をした。お隣りさんの子供は確かに綺麗な子だった。噂を聞きつけて、わざわざ遠方から見に来る人がいるくらいだった。
「ここのシステムはご存知ですか?」
「大体は聞きました」
「そうですか。じゃあ、簡単に説明しますね」
「お願いします」
 その店は子供に名前をつけてくれる店だった。しかも、それは少し変わった方法だった。
「落語に寿限無って話がありますよね」
「ありますね」
「近年の研究で、ですね、あのように縁起の良い文字を組み合わせることには、本当に効力があるんだ、ということが分かってきたんです」
「効力?」
「つまり重要視すべきなのは、これまでの姓名判断のような画数ではなく、文字そのものが持つ意味が大切だということです」

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