小説

『名付け』須田仙一(『寿限無』)

 店員さんの口調は落ち着いていたが、目はキラキラと輝いていた。
「全国から、名前の文字と、その人の性格のデータを集めて、分析して、分かったことを元にして作ったのが、この店なんです」
「おぉ」店員さんの勢いに押されて、私の口から、出すつもりない感嘆が漏れた。
「でも、何で文字を石に彫ってるんですか?」と、妻はキョロキョロしながら、言った。
 店内の壁には、備え付けの棚があり、そこに様々な文字を彫られた石が、所狭しと並べられていた。石のないところには『売り切れました』の札が立っていた。
「これはですね、名前を呼ぶだけではなく、常日頃から、この名前の彫られた石を見て、意識することで、より名前の効力が上がるということが分かったんです、近年の研究で」
「スゴイですね、近年の研究は」
「はい、近年の研究はスゴイですよ」
 私の皮肉にも、店員さんは胸を張って答えた。本当にこの仕事が好きなのだろう。
「ただ、一つ注意があります。これを見てください」
 店員さんは、一番近くにあった石を指差した。『太』という漢字に「正義感が強い」という札が掛けてあった。
「この『太』という字は正義感が強く、誠実な子に育つという、皆さんに、特に男のお子さんのいる方々に人気の字ですが」
 店員さんは、札を裏返した。黒バックの白地で「トラブルに巻き込まれやすい」と書いてあった。
「このようにですね、どの漢字にも、良い面悪い面があります。どのような子供に育てたいか、また悪い面が出ないような教育を自分達が出来るかどうか、それを総合的に考えて名前を付けてください」
 それから私と妻は、各々好きなように店内を見て回った。妻の名前、「桃子」の「桃」もあった。表は「人、物への縁が深い」、裏は「他力本願になりやすい」と書いてあった。私は「確かにお隣りさんと仲良くなって、こういうお店の情報を仕入れる運の良さだったり、名前を決めてもらおうとするあたりは、まさにそうだな」と思った。

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