『われ太陽に傲岸ならん時』末永政和(『イカロスの墜落』)
ツイート 太陽よりも高く。イカロスの頭にあったのは、ただその一事のみだった。両腕には蝋で固めた翼が括り付けられ、海鳥のように自在に空を舞うことができる。高度を上げれば太陽の熱で蝋が溶けてしまうと脅されていたが、そんなは […]
『夏は気球に乗って』義若ユウスケ(『春は馬車に乗って』)
ツイート 西瓜が空から降ってくる。 夏。 「西瓜」と書いて、にやり。 「南瓜」と書いて、にやり。 東瓜と北瓜に思いをはせます。 西瓜模様のバスケットボールが描く、高い放物線。 スリーポイントシュートです。 公園で弟とふた […]
『声の欠片』もりまりこ(『薄暮の部屋』)
ツイート さっきから空に向かって声を放つと、落ちてくるのだ。部分でもあるような全部でもあるような欠片が。フローリングに寝っ転がって、そこら辺にあるリモコンや、赤いケトルや、クローゼットなどと声にしてしまうと、うっかり、 […]
『みんな誰かを好きになる』広都悠里(『はちかづきひめ』)
ツイート うわあああああ。強くて明るすぎる光に、思わず顔を覆った指の隙間からきらきらこぼれる虹のような輝きに身をくねらせ、走る、走る。 走るうちにどんどん体があたたかくなる、すべてが軽くなる、何かを脱ぎ捨てたように、 […]
『彼女のせいで』柿沼雅美(『孤独地獄』)
ツイート 僕はまだ彼女の苗字を知らない。 彼女は、ミスHNというまだまだ一般人だけど目をひくハンドルネーム(HN)のアイドルを発掘するという企画で、ネット投票によって上位5位に入った子だった。 教室で、アカネ、と呼 […]
『生まれたままの姿』多田正太郎(『北風と太陽』『オンドリと風』『風の又三郎』)
ツイート 北風と太陽・・。 風なぁ。 何だよ? 良かった、ってな。 ほー、良かっただと? ああ、よかった。何でだよ? 風だからさ。風だから? そう、風だから。 全然分からん。そうだよな。 だろ。だから、風なのさ。 だか […]
『500万の使い途』おおのあきこ(O.ヘンリー『千ドル』)
ツイート 「はぁ?」 佐藤郁夫はすっとんきょうな声を出した。 能面の弁護士が言葉をくり返した。 「いまご説明いたしました通り、佐藤さまには時田満夫さまから500万円の遺産を受け取る権利がございます」 郁夫は弁護士を […]
『先生と龍』菊野琴子(『今昔物語集』巻第13「竜聞法花読誦依持者語降雨死語第三十三」)
ツイート 西の山の峰の池に、龍の棲み処があった。 毎日、龍は陽と共に空へ昇り、菩薩から命を受けて雲と雨を操り、夜になると再び池の底に帰っていくのだった。 天から役割を与えられているということ、ただそれだけが、龍にと […]
『うさがなえ奇譚』佐倉アキ(『徒然草』「これも仁和寺の法師」)
ツイート 十年前に引き取った甥が、この春から高校生になる。そのお祝いとして、ささやかなパーティーを催すことになった。あいにく、近くには親戚もいないので、いつもお世話になっている隣家の藤川夫妻や、会社で暇そうに見積書を眺 […]
『雨よ、雨よ』高橋惠利子(『Historien om en Moder』)
ツイート そこに意味はない かつて可憐な花を咲かせようとも。 蕾に対する慈しみも、引き抜かれるであろう花に対する憐憫もあろうはずがなく。 そして言うのだ。 花は等しく咲いて散る、と。 0 その時、胸がちくりと […]
『桃井太郎と女たち』常田あさこ(『桃太郎』)
ツイート 「それでは」 「いただきましょうか」 「お疲れ様でーす」 手際よく選んだワインを掲げて、彼女たちは笑顔を見せた。 東京駅近くのイタリアン。同世代の男性とは決して来ることがないであろう、オシャレな雰囲気の店内 […]
『真冬のセミ』羽賀加代子(『アリとキリギリス』)
ツイート 「おやっ?」 アリは窓の外に視線を向けた。 「今、何か動いたような……」 外は夜の帳が下り、先程から雪が降り続いている。 「んー……」 アリは窓に顔を近付け目を凝らした。 「どうかしましたか?」 キリギリスはバ […]
『ロスタディクション』和織(『それはほとんど少女のよう』『沙羅の花』)
ツイート 時は、今をチラつかせて見せたそばから、それを僕らの手の届かない永遠へと押し流していく。それなのに、この風や香りや空の色の中、そこかしこに浮かび上がる記憶覚ましは、なんだっていつまでも居座り続けて、それはそれは […]
『たまゆらの断罪』木下衣代(『蜘蛛の糸』)
ツイート 犍陀多(カンダタ)は怒っていた。 この男の一番古い記憶は、芋かなにかに喰らいつこうとした瞬間、凄まじい勢いで張りたおされ、視界が真っ暗になるまで打ちすえられたことだった。轟音のような耳鳴りと焼きつくような痛み […]
『夜鷹の星』春日部こみと(宮沢賢治『よだかの星』)
ツイート 「見ろ、あのぎょろりと大きな目を。味噌を塗りたくったかのような、まだらの色を。一族のものだというのに、なぜ、ああも醜いんだろう」 ――うるさい。 「見てるこっちがうんざりするよ」 ――じゃあ見なければいい。 […]
『断ち切って、さび』日野塔子(『ラプンツェル』)
ツイート きりこの髪は短い。 母はきりこの髪が肩にかかりそうになるのを見るとさびついた刃物を取りだし、さっさとそいでしまう。だからきりこの頭はいつもざくざくしている。耳が露出していないときはほとんどない。 山には何 […]
『○取物語』室市雅則(『竹取物語』)
ツイート 天に向かってまっすぐに伸びた竹の中。 その子は膝を抱えながら煩悶していた。 三寸ほどの身をよじらせていた。 これからこの竹やぶに現れるお爺さんに見つけられ、育ててもらう予定なのだが、どうも自分の股間にぶ […]
『あるところにマッチ売りの少女がいました』砂山じんた(『マッチ売りの少女』)
ツイート あるところにマッチ売りの少女がいました。マッチ売りの少女はマッチを売って暮らしていました。マッチひと箱の仕入れ値は10円でマッチ売りの少女はそれを100円で売っていました。ひと箱売れるごとに90円の利益になり […]
『人魚姫裁判』柘榴木昴 (『閻魔大王』『人魚姫』他)
ツイート 正に地獄絵図だな、と書類の山を見てほう杖をついた。これでもサイバー化を進めて随分と効率は上がったというのに。楽になった分だけ違う部署から仕事が回ってくるんじゃ意味がないな、そうため息をもらして長い脚を机に乗せ […]
『それからそれから』広瀬厚氏(夏目漱石『それから』)
ツイート 時はバブル景気に湧く昭和六十年代。 「なるほど。東京大学を卒業したのちいろいろ思うところあって就職せずにいたが、このたびその考えが変わり、我が社の中途採用募集に応じたと・・・ですね、長井代助さん」 たいへん […]
『玉梓』末永政和(織田作之助『雪の夜』)
「お客さんもついてないねぇ。この天気じゃ、どこにも行けやしない」 温泉宿の女中が申し訳なさそうに言った。坂田が宿に着いた直後から降り出した牡丹雪は、夜になっても降り止みそうにない。昨年の大晦日も同じように大雪に見舞われ […]
『そらの瑕』木江恭(『王子と乞食』)
玄関に揃えられたスリッパを無視してフローリングに足を下ろす。予想に反して冷たくはなかった。床暖房が入っているのだ。 エミが一歩踏み出すのを感知したセンサーが廊下に明かりを灯す。ぱっと浮かび上がった先、ガラスケースの中 […]
『五人の誰かさん』伊藤なむあひ(『三匹の子ブタ』『七匹の子ヤギ』)
ツイート 部屋の真ん中にあるベッドでは五人がイカダの木みたいに並んで寝ていた。いつものように誰かさんが一番早く目を覚ます。そして静かに小屋を出て、村の外れの高い柵に囲まれた鶏たちのところに向かった。口角をあげ軽く挨拶し […]
『ドッペルゲンガー』植木天洋(芥川龍之介『人を殺したかしら?』)
ツイート すれ違いざま、下級生の女の子たちが私の顔を見て、一斉に騒ぎ立てた、というか、面白いオモチャでも見つけたような顔をした。みんなはあっという間に私を取り囲んで、口々に「似てるよねえ」「スゴ〜い」「そっくりぃ」と繰 […]
『平和な時代に勇者はいらない』松みどり(『桃太郎』)
ツイート 寝ころびながら、きびだんごを食べてテレビを見ていたら携帯電話が鳴った。 「もしもし!私、『月刊英雄通信』の足利と申します!こちら英雄桃太郎さんのお電話で宜しかったでしょうかぁ?」 「はい、桃太郎です」知らない […]
『ブラックサイドカンパニー』小泉麦(『桃太郎』『金太郎』『浦島太郎』)
ツイート 鬼瓦は『勧善懲悪』を引っぺがして床にたたきつけた。たたきつけた瞬間、思ったより派手な音がしたので、あわてて拾いあげる。よかった、額縁は割れていない、と安堵する自分にがっくりとうなだれた。 「鬼瓦社長、失礼しま […]
『亀裂』伊佐助(『浦島太郎』)
ツイート サーッ、スーッ、サーッ、スーッ。 海はいつものように呼吸している。時に強く、時に弱く。海は今日も生きている。透き通る塩水、雲1つない青空。「いつ見ても綺麗な景色だな」普段、幹男はこの景色を飽きもせずに新鮮な […]
『女神の湯』西橋京佑(『金の斧』)
ツイート 小籔太郎は悩んでいた。給料が低い、残業が多く友達となかなか遊べない、会社に行くまでの道にいる犬が怖い。 何をつまらないことを、と言う者がいるかもしれない。しかし、小籔太郎にとっては切っても切り離せない目の上の […]
『嘘発見電波が流れた日』西橋京佑(『ピノッキオの冒険』)
ツイート 政府の通達によって、この世の中では嘘が禁止になった。 正確に言うと、ある企業の嘘発見器の性能が飛躍的に向上したことから、犯罪検挙率を高めるためにその技術を国が全面的に採用することになったからだ。細かいことは […]
『夢をみる』モエコオオツカ(『胡蝶の夢』)
ツイート 最近、よく同じ夢をみる。 「もう八時よ。いい加減起きなさい。遅刻するわよ。」 下から私を起こす声が聞こえる。もそもそと体を起こし、ぼんやりと目線の先にあるものを眺める。いつの頃からか私は布団の中で夢を思い出 […]