小説

『君に見せたかった、ふるさとの花』さくらぎこう(『西行法師作「山家集」「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃」』)

 若さを失った代わりに得るものがあるはずだった。豊かな経験は若い時にはなかった自信へと変わっていくと思っていた。
 平凡な人生だったが、目の前のことをひとつひとつ乗り越えながら生きて来た。子どもたちも育て上げ、家庭を守り抜いた。
 だが達成感などなく、これで良いのかという想いに日々悩まされ続けている。

  
目覚ましの鳴ることのない朝。どれほど眠くても起きなければならないことから解放された日々は、早起きが苦手な私には待ち望んでいたことだった。
だが一向に朝は爽快ではなかった。
今日も雨が降っている。
いつもより遅く始まった今年の梅雨。私は空を見上げて「やだなー」と呟いた。今年の梅雨は特に辛いと感じる。
このうっとうしいけだるさは雨のせいなのだ。梅雨が明けない限り、きっと気持ちも晴れないのだと雨のせいにして、今日も厄介な私の一日が始まる。

妻が珍しく1メートルほどの鉢植えの木を友人から貰って来た。
若いころは鉢植えの花をベランダに並べ「やっぱり花っていいわね」と喜んでいた妻も、花が終わるといつの間にか忘れ去り無残な残骸を残しているのが常だった。妻も私もマメに手入れをするということが得意ではなく、向いてないのだと悟ってからは、植物がベランダに置かれることはなくなった。マンション暮らしで友働き夫婦の我が家では、長い間草花や木々の手入れは無用だったのだ。
妻の持ち帰ったのはヤマボウシの木だと言う。ハナミズキに似た大きな薄桃色の花が付いていた。
「でもね、これは花じゃなくて、葉なんだって」
薄桃色の四弁の花のように見えるのは花ではなく葉が変形したフェイクで、真ん中の雄しべのように見えるのが本当の花なのだと言う。
騙しているのか、ヤマボウシ。
妻はその話がよほど気にいったのか目を輝かせて話している。
以前の私だったら、興奮するほどのことでもないのにと冷めた目で妻を見ていただろう。

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