小説

『君に見せたかった、ふるさとの花』さくらぎこう(『西行法師作「山家集」「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃」』)

 今は少し違う自分がいる。目の前の花ではない葉は、大きく存在を誇示したように咲き誇っている。フェイクの花びらは薄くて今にも破れそうで、雨に打たれて散ってしまうのではないかと心配になるほど華奢に見える。
 だがベランダに置かれたヤマボウシは、雨に濡れても傷つくこともなく散る気配さえ感じられない。美しさを誇示し続けている。
 変形せずに共生しているヤマボウシの葉は、冬以外は美しい姿を見せるという。春は萌黄色の新緑に、夏は深い緑の葉に、秋には鮮やかな紅葉へと変わる。季節によって色を変える葉と、フェイクの花。
 そうか、ヤマボウシが強かなのはそれが理由なのだと勝手に納得した。
 偽物だから強いのかもしれない。
「凄いよね、絶対花びらに見えるよね」
 妻はヤマボウシを見るたびに興奮し同意を求めた。
 我が家にヤマボウシが来てから、私は花屋の前を通るたびに花を見て名前を覚えるようになった。

 保険会社で管理職の仕事をしている間は、常に鎧をまとったように身構えていた。努力も惜しみなくして来た。だからそれなりに周りも会社も認めてくれていた。特に大きな失敗もなく勤めあげられたことは十分満足できることだった。
 だが今の私は何者でもなく生きている。それを望んでいたはずなのに、そうなってみると何かが違っていることに戸惑っている。
「部長って、ぜったい本性隠してるでしょ」
 部下に言われたことは一度や二度ではない。
「本性隠してるって、なんだよ」
 謂れのない言いがかりだと反発したこともある。だがその指摘は当たっていたのかも知れない。本当に望んだ仕事とは違う仕事に就き、それでも「生きるために」と自分に言い聞かせながら懸命に働いてきた。それが間違っていたとは思わないが、長い間、ここではないどこかにいる自分を夢見て、それを諦めてきたことに取り返しのつかない過ちだったと絶望して来たのかも知れない。落としてきた欠片を拾い集めることなどできないのに、未練を抱えている自分を軽蔑していたのかも知れない。
 ヤマボウシの写真をスマホで撮った。誰かに送ってフェイクの花のことを教えてあげたいと思った。だが送る相手が思いつかない。職場以外の交友関係を築いてこなかったツケが回ってきているのだろう。皆それぞれに忙しい。そう考えて連絡を怠ってきた。同窓会などもほとんど出席してこなかった。

 

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