小説

『花に嵐のたとえもあるが』川瀬えいみ(『海女と大あわび』(千葉県御宿町))

 彼の趣味は海釣り。
 磯釣り、防波堤釣り、稀に船釣り。よほどの荒天でない限り、休日は海に出掛けていく。
 日本は四方を海に囲まれた島国なんだってことを、私は、彼と付き合い始めてから、小学校の社会の授業以来数十年振りに思い出した。
 そんな私の趣味は絵画鑑賞。活動場所は主に陸地に立つ美術館。抽象画のよさはわからないけど、それ以外なら、時代も洋の東西も問わず、好きなものは好き。特に花の絵。
 私の名前は、春の花と書いて『はるか』と読む。名前の由来は、菊池芳文の描いた桜の絵。私の父方の祖母が、芳文の桜の絵を大好きで、もし自分が娘を産むことがあったなら必ず桜にちなんだ名前をつけるんだと、女子高生だった頃から決めていたんだそう。残念ながら、おばあちゃんは娘を儲けることはできなかったのだけど、めでたく孫の私が誕生。両親と話し合って、私の名は『春花』になった。
 ちなみに、私の名が『桜』でないのは、私のママの名前が『さくら』だから。ちょっと笑えるエピソードでしょ。
 子どもの頃からそういう話を聞かされていたから、私も花の絵を好きになった。花の絵――特に桜の花を描いた絵に、私のルーツがあるような気がするのよね。
 私の花の絵好きは筋金入り。身に染みついた癖みたいなもの。取り除くのは、まず不可能。
 私の趣味がせめて水族館巡りだったなら接点もあったのに、そういう事情で、私と彼の休日はすれ違いばかり。

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